明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズ、今回は似非祓い師・井笠磨太呂のお話です!

今から七百年くらい前。
雨の続く水無月(六月)、川沿いの道を似非祓い師・井笠磨太呂が肩を落としてとぼとぼと歩いている。
「腹が減ったナ…前の村で売ろうと思うとった『魔除けの塩』をうっかりこの雨で溶かしてしもうたのが大しくじりじゃ」
悪いことに雨脚も強まり、風までが吹いてきた。

これはたまらんと、ある家の軒先でしのいでいると中からお婆さんが出てきて中に入るように言う。
今こそ好機と上がり込み、「ここで招き入れられたのもご縁。そなたに霊験あらたかなこのお宝をお譲りしよう」と背負子から丸い石を取り出す。
「これはな、役行者(えんのぎょうじゃ)が山野での修行の際に枕にした石じゃ。ほれここに『オンギャクギャクエンノウバソク』と書いてあろう?」
もちろん井笠がその辺の河原で拾った石に書いたものである。
「こんな有り難いものをお譲りいただけるのは願ってもないことですが、見ての通りの貧乏暮らしで…」
「いやいやお代の心配なぞ不要…ただ何か食べさせてくれんか? 手持ちの食糧は途中で出会うた気の毒な人たちにやってしもうたでな」
大嘘である。

「左様でございましたか…何もありませんが今から用意いたします。その間に体をお拭きください」そう言うと老婆は竈に火を入れた。
井笠が渡された手拭いで濡れた体を拭き終わった頃、粥と漬け物と茶が出てきた。
「この粥はなかなか美味いのう」
「それはよろしゅうございました。仏様の下がり物を粥にしたものです」
「じゃが茶は濃いし漬け物は浸かりが足らん。あの石を使うと良いぞよ」
言いたい放題言うと雨も小降りになったので井笠は家を出た。

しばらく行くと、向こうから若い雲水(行脚僧)が血相を変えて走って来た。
「どうなさいました?」と声をかけたが一目散。
首をひねりながら進んで行くと小高い丘に棟上げを終えた家が建っていた。
「日も暮れるし雨も降る…今夜はここに泊まらせてもらおう」と中に入り横になった。

「しかし濃い茶だったな…目が冴えてしもうた」
何度も寝返りをうつが眠れない。
そうこうしていると、川の方から奇妙な歌が聞こえてきた。
「いやさいやさのねぶりのふねにゆれてゆられてねのくにへ」
不思議なことに歌を聞いているうちに井笠は気が遠くなっていった。

ぴしゃぴしゃぴしゃ。
川から黒い影が二つ上がってきた。
影はそのまま井笠のいる家までやって来た。
「一夜守りの坊主は感付いて逃げてしもうたが、別の奴が来とるな」
「おう。間抜けな顔でよう寝とるわ。さあ喰おうか」
「いや、待て! この男、仏さんのまま食うとるぞ!」
「なんと!」
「やれ悔しや、これでは手を出せん…うん? こやつ蛞蝓女を倒し、千年婆の邪魔をした陰陽師じゃ!」
「ひえぇ! あの井笠磨太呂か! くわばらくわばら…目を覚まさんうちに逃げよう」
「剣呑剣呑! もうここに近づくのは止めじゃ」
黒い影は慌てて川へ戻って行った。

「もし、もし!」
肩を揺すられて井笠が目を開けると大勢の村人が覗き込んでいる。
「ここは何度家を建てても住人が病んだり亡くなったり家が焼けたりする忌地でした。都の分限者がどうしてもと言うので請け負い、棟上げまではこぎ着けました。たまたま通りかかったお坊様から『棟上げをした夜に悪い物が入らないよう一夜守りをすれば良い』と聞きましたので、それをお願いしたのです。ところが朝来てみると陰陽師様が眠っておられるので驚きました。お坊様は?」
「若い雲水なら日の落ちる頃に逃げて行ったぞ」
「左様でしたか! それで陰陽師様はなぜここに?」
「う…いや、ひと目見てここは忌地だから一夜守りをしとったのよ」
「何か奇妙なことはありませんでしたか?」
「そうさな…川から歌が聞こえたくらいかな。あとは朝までぐっすり眠れた」
「なんという剛胆な!」

大層なお礼の品を受け取り皆に送られて村を出ようとした時、村長が聞いた。
「陰陽師様のお名前をお聞かせくださいますか?」
「儂の名は井笠磨太呂じゃ」
「あの井笠磨太呂様でしたか! あちこちで妖(あやかし)を退治したという噂は聞いております。さすが大陰陽師様でございますな!」
照れくさそうに頭を下げると似非祓い師は自分の村に向かって歩き始めた。
人々の間で井笠磨太呂の名はさらに高まった。
そして妖(あやかし)達の間でも。

チョコ太郎より
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