私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
小学五年生のH山一泊バス遠足での出来事。
「H山、今頃は綺麗だろうね。どこに泊まるのかな?」
前日に準備をしていると祖母が聞いた。
「三つのグループに分かれるんだけど、ぼくはR旅館だよ」
それを聞いた祖母の表情が曇った。
「あそこはね…出るよ…」
見事に紅葉した山道をバスに揺られて2時間、到着したのはH山の登り口に建つR旅館だった。
焼杉板で構成された黒い宿は歴史を感じさせると同時に不気味な雰囲気も漂っていた。
夕べの祖母の言葉が気になっているせいもあった。
案内された部屋はとても立派だった。
同室には5人、それとなく聞いてみたが誰も旅館の噂は知らなかった。
夕食は何十畳もある大広間、上座には小さな神棚がしつらえられていて、反対側は全面土壁だった。
食事が済むと、先生が明日の登山の説明を始めた。
旅のしおりを見ながら聞いていると、一番後ろの壁際に座っているK君がじっと壁を見つめている。
「おいK、聞いているか?」
先生も気がついて声をかけた瞬間、K君が立ち上がり叫んだ。
「みんな壁から逃げろ!」
近くにいた生徒たちが反射的に立ち上がり離れると同時に、どうっと土壁が一気に崩れた。
皆呆然となり、しばらくは言葉も出なかった。
土が落ちて木だけになった壁を見ると右端の方に高さ1m四方くらいの穴が空いている。
よく見ようと近づいたが、仲居さんに危ないからと止められた。
部屋に戻ったが、皆興奮がおさまらない。
風呂に入って布団に入り、やっと寝息が聞こえ始めた頃、こっそり大広間の様子を見に行った。
暗い廊下をそろそろと進むと大広間が仄かに明るい。
見ると崩れた壁には近づけないようにロープが張ってあり、穴のあった奥の方には修験者のような人が三人座っている。
「何をしている!」
突然後ろから肩をつかまれ、飛び上がるほど驚いた。
巡回している先生だった。
トイレを探していたと下手な言い訳をし、逃げるように部屋へ戻った。
翌朝は別の広間で朝食を済ませ、そのまま登山に出発したので大広間を見る事は叶わなかった。
何を見たのか知りたかったので、帰りのバスではK君の横に座ろうと探したが見つからない。
先生に尋ねると
「Kはちょっとおかしくなったから、先に帰した」と小声で教えてくれた。
家に帰り着いて祖母にお土産の土鈴を渡し、事件のことを伝えると
「あそこに泊まってそれくらいならいい方だね」と微笑んだ。
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4、5年前にH山に出かけたがR旅館は取り壊されてもうなかった。