私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
「これは私のおじいさんから聞いたので、江戸の終わり頃の話かねぇ」
そう言って祖母は語り始めた。
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ある時、祖母のおじいさんは祝言に招かれ、ひと山越えた村まで出かけて行った。
酒を酌み交わすうちに夜も更け、泊まっていくようにすすめられたが、妻が産後で寝付いていたため早く帰りたかった。
丁寧に断り出発しようとすると、主が「山道を行くのか」と聞く。
一番の近道だから「そうだ」と答えると、主は顔を曇らせ他の道を行けと言ってきかない。
おじいさんは生来の短気者だったので、なおも何か話そうとする主に別れを告げた。
亥の刻を過ぎていたが幸い大きな月が山道を照らしていた。
酔いも手伝ってずんずん進んでいった。
峠に差し掛かり、やれ半分まで来たぞと思ったその時 道の真ん中に長い影…何かがいる!
ぴしゃぴしゃ…ぴしゃぴしゃ… 女が! 女が手桶で髪を洗っている!
酔いも一気に醒め全身に粟が生じた。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、妻と子が待っている! と思い直し、刀の柄に手をかけながら用心しながら歩を進めた。
二間(約3.5メートル)ほどの所まで近づいたが、女は顔も上げない。
ここが肝心、影があるなら幽霊ではない。ならば…
「我は◯◯の子孫なり。生ある者なら三尺下がれ!」とおじいさんは一喝!
すると、女はぞろりぞろりと脇の木々の中へ後ずさりしはじめた。
今だっ! 駆け出そうとした時… 女が顔を上げて笑った。
おじいさんは提灯も引出物も道端に打ち捨て、後も見ずに駆け出した。
無事家に帰りついた時には、脚は血だらけ傷だらけで数日間寝付いたそうだ。
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「何があっても怖いと言うたことがない人やったけど、その時だけは恐ろしかったって何度も話しよったよ」
祖母はそう結んだ。