祖母が語った不思議な話・その漆拾壱(71)「おんなじ」

 私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。

イラスト:チョコ太郎

 今から8年前の晩秋、W県に旅をした。泊まったのはNホテル、温泉で有名な老舗だった。
 夕食は自然に恵まれたW県の新鮮な海の幸・山の幸が満載だった。

 食後すぐに温泉に入るつもりだったが、お腹がいっぱいだったので食休みしようと横になった。
 昼間の運転の疲れもあり、そのまま眠ってしまった。

 目が覚めると時計は日が変わっていた。
 露天風呂、大浴場は23時まで…今からでは無理か…
 館内案内を見ると地下の樽風呂がほぼ終日入れる。
 「これだ!」

 そそくさと準備をして部屋を出た。
 廊下はしんとしていてまるで誰も泊まっていないようだった。
 エレベーターで地下に下りる。

 ドアが開いた瞬間、ん?…妙な匂いがする。
 白粉(おしろい)のような甘い匂い…どこかでおんなじ匂いを嗅いだことがあったような…
 立ち止まってしばらく記憶をたどったが思い出せない。

 「まあいいか」と廊下を進んだ。

 さすがにこの時間、浴室には誰もいなかった。
 硝子戸を開けると大きな樽風呂が2つ並んでいる。

 体を洗い湯船に浸かっていると更衣室の戸が開く音がした。
 「樽風呂は珍しいので誰か入りに来たな」そう思って待っていたが一向に入ってこない。

 不思議に思って風呂から上がり、更衣室の戸を開けるとあの甘い匂いが強烈に漂っていた。
 その瞬間、記憶の扉が開いた。
 「思い出した…この匂いは変事があった、あのR旅館とおんなじだ!」
 全身の毛が逆立った。

 体を拭くのもそこそこに浴衣を羽織り、あたふたと廊下に出た瞬間、中から体を洗っているような水音がした。
 反射的に戻ろうとした時、祖母の言葉を思い出した。

 「不思議の前には変な匂いや音がすることがある。その後に本当の怪が起こるから気をつけなさい」

 きびすを返すと急いで部屋に戻り布団に入ったが、誰かが廊下をやって来るような気がしてなかなか眠れなかった。
 気になったので朝食前にもう一度樽風呂を見に行ったが、清掃中で入れなかった。

 「地階で変な…甘い匂いがしていたんですが、何か分かりますか?」
 チェックアウトする時にそう尋ねると
 「う〜ん、ごくたまに…1年に2、3名、そう仰るお客さまがおられますね。不思議なことに皆さん男性のお客さまで。その度にチェックしているのですが原因は不明。そもそも私どもには匂いが感じられないのですよ」

 家に帰ってからもしばらくは甘い匂いがしているような気がした。
 あの浴室には何がいたのだろう? 

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