私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
「これは私のおじいさんから聞いた話だよ」
そう言うと祖母が語り始めた。
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「腕のいい人形職人を知らんか?」
ある秋の終わり、馴染みの旅の薬売りGさんが久しぶりに顔を見せたかと思うと、いきなりそう言った。
「薮から棒に、いったいどうした?」
怪訝(けげん)に思ったおじいさんが聞くと
「S村の庄屋からの頼みでの。急いどるんじゃ」
茶をごくりと飲み干し、話を続けた。
「庄屋の息子が病でもないのに日に日に痩せていっての。おかしいと思った親父(おやじ)が思い当たる事はないかと聞いたが何も言わん。それで下男に一日中、様子を見させたんじゃ。するとな夜中に人とは思えんくらい綺麗な女が来たんじゃと。ただ、女の通った跡はびっしょり濡れていて朝になっても乾かん。これはおかしいと息子に問いつめたら、ひと月前くらいから幾度か通ってきていると白状したんじゃ」
「それで、どうした?」
「困った親父はな、法力が高いと評判の僧侶のおる寺まで山を越えて行ったわ。そこで子細を話したら、しばらく思案した後に人形職人を見つけろと言ったそうじゃ。それで手分けして探しとるっちゅう訳よ」
「…人形職人か…神輿(みこし)の飾り職人のTはどうじゃ? 腕はええぞ」
「そうか! 頼んでみようかの」
早いに越したことはないと、おじいさんはTさんの家まで薬屋を連れて行った。
それから三月が過ぎた頃、薬屋がやって来た。
「庄屋の息子、どうなった?」
「うん。あれから飾り職人と庄屋ん家に行くと、坊さんがおっての。大きさも姿も庄屋の息子そっくりの人形を作るように言われたのよ。Tさんはな三日三晩寝ずに見事な人形を作ったよ」
「それで?」
「人形に着物を着せ、その中にたくさん縫い針に刺して息子の代わりに布団に寝させたんじゃ。息子はいやがったので蔵に閉じ込めておいた。気配を殺して待っておると女が部屋に入って行ったが、しばらくして体を引きずりながら出て来ると姿が見えなくなった」
「人形の息子を本人と思ったんだな」
「それくらいあの人形はよくできとったわ。坊さんが言うには水妖は金ものが苦手じゃから仕込んだ針が刺さり弱って帰って行ったんじゃと」
「それでめでたしめでたしか?」
「いや…翌朝蔵に行くと息子がおらんでの。足跡を辿っていくと村はずれの池のほとりで消えておったそうな。そのことを伝えると坊さんは『人の心を抑えることはできんな』と自分の額を叩いたそうじゃ」
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「二人が幸せになってるといいなあ」
聞き終わってそう言うと祖母が答えた。
「息子さんにとっては相手が人か妖(あやかし)かなんて関係なかったんだね。きっとお互い体を癒やしながら仲良く暮らしただろうよ」