私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
小学校に上がった春、庭で小さな黒い蛇を祖母と一緒に見つけた。
「カラスヘビだね…そうだ、私のお父さんから聞いた蛇の話があったよ」
そう言うと祖母は語り始めた。
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「もう暗くなるな…」
ある秋の終わり、お父さんは山中で迷っていた。一週間の泊まり仕事で出かけた遠方の村から戻る途中だった。
川沿いに歩けば里に着く…そう思っていたが、たどり着いたのは行き止まりの崖。
周囲に人の気配もなく、仕方なく来た道を戻ろうとしたとき、何かがいる。
それは絡み合いながら立ち上がっている、大きな黒い二匹の蛇だった。
異様な光景に驚いたが、逃げようにも後ろは崖。
「南無三」…そうつぶやいた時、銃声が聞こえ蛇は姿を消した。
ぽかんとしていると、二人の猟師が近づいて来た。
「あんた無事か?」年配の猟師がニコニコと笑う。
「わしらは半日かけて追っとった大猪に逃げられた帰りじゃ。あの大蛇、獲物にできればのう」
もう一人の方はさも惜しそうな口ぶりだった。
「夫婦蛇を射つと後生が悪いぞ」
「じゃけんど…惜しいのう」
そう話しながら三人で山道を進んで行くと里が見えた。
お父さんは丁寧に礼を言い、二人と別れた。
それから一年後、また同じ村に呼ばれて行くことになった。
二つ目の山を越えたあたりで、あの年配の猟師に行き会った。
「あんときは助かりました。お元気でしたか?」
「わしは…の」
「もう一人の方は?」
「死んだよ」
そう言うと猟師はぼそぼそと話し始めた。
「あの翌日あいつは止めるのも聞かず山に入り、夕方に大蛇を一匹仕留めて降りて来たよ。剥(は)いだ皮を担いでな。あいつは上機嫌で村の衆を家に招くと酒をふるまった。わしもそこで飲んでいたが、ふと見ると知らない女が戸口に立っておってな。燃えるような目で、じぃーっとあいつを見とる。嫌な気がしてわしが立ち上がった瞬間、その女は闇に消えたんじゃ」
「それで?」
「その晩、皆が帰った後に火が出ての、あいつは焼け死んだ。その首にゃ大きな蛇が巻き付いたまま一緒に焼けとった。わしは夫婦蛇の片方を射った祟(たた)りじゃと思う」
「祟り…」
「残された女蛇が自分ごとあいつを焼いたんじゃろう。無慈悲なことをした報いだな」
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「蛇の夫婦…そっとしておいてやればよかったのに」
「そうだね。執念深いってのはそれだけ愛情が深いということだからね」
祖母がそう話し終えたときには、もう蛇は消えていた。