私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
小学2年生の春、土筆(つくし)を摘みながら祖母とO川沿いの道を歩いていたら奇妙な光景に出くわした。
道路の真ん中に大きな木が立っている。
「道が木を避けているね。不思議だなあ」
思わずそうつぶやくと祖母が答えた。
「ああ、これは祟ると有名な木だよ。何度か切ろうとしたけど、その度にけが人や亡くなる人が出たんだって」
「怖いね…祟る木って他にもあるのかなあ?」
「日本中にあるよ。お父さんから聞いた話をしてあげようか?」
もちろん! とうなずいた。
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若い頃仕事で遠方に出かけた祖母の父は、M町に立ち寄りその日の泊まりと決めた宿屋の二階に逗留した。
茶を飲んでいると外からざわざわと声がする。見下ろすと五人の男が一列になって歩いていく。
女中に尋ねるとこんな答が返ってきた。
「大木を切りに行くんですわ。みんな恐れて反対しとるんですが…山を買い取った分限者のHさんが今日どうしても切ると譲らんのです」
「その木はどこに?」
「あの山の古い神社の裏に立っとる大けな楠の木…ほれ、ここからでも見えますじゃろ。枝を落としただけでけが人が出るのに恐ろしいことですわ」
「そんな曰くのある木をなぜ切るのかな?」
「Hさんは椎茸栽培で財を成したお方なんじゃが、あの神社も潰して椎茸を育てるゆうとるんじゃ」
「皆反対しとるのにか…あの5人は?」
「一番前を歩いていたのがHさんで、他の4人はよそから雇った樵(きこり)じゃ。この辺の者で切るもんはおらんからのう」
そう言うと女中は去って行った。
父は翌朝早くに宿を立った。
それから一月後、仕事を終えた帰りに父は再びM町に立ち寄った。
見ると件(くだん)の楠の木が見える。
「切られていない…?」
不思議に思っているとあの女中さんが宿から出てきたので仔細を尋ねた。
「あれから待っても待ってもHさんも樵たちも帰ってこんでな。皆で探しに行くと顔を黒く塗られた樵が一人だけ倒れとった。何があったか尋ねると『斧を打ち込んだら木の上から逆さに女が降りて来ての、わしらの顔を一人一人覗き込むんじゃ。見ちゃいかん見ちゃいかんと思いじっと目をつぶっておったら、つるりと顔をなでられた。辺りがしんと静かになったのでおそるおそる目を開けると誰もおらん。探そうにも体が動かんでここに寝とったんじゃ』と言うとまた倒れたそうな」
「あとの4人は…?」
「帰ってこんよ。神隠しか祟りか…くわばらくわばら」
女中は大木に向かって手を合わせた。
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「生き残った樵の顔は洗っても洗ってもとれず、死ぬまで黒いままだったそうだよ。さあ陽も陰ってきたから帰ろう」
木に向かって一礼し、祖母と私は家路についた。