糸島でホーロー看板を見て昭和に戻った【小市民・久留仁譲二からのたより】

 とても楽しい展示でした。

 やぶから棒に何のことかと思うでしょう。糸島市立志摩歴史資料館(糸島氏志摩初1番地3 電話092-327-4422)で「ホーロー看板 コレクション」と銘打って、レトロ感あふれるホーロー(漢字では琺瑯と書きます)看板が展示してあるというので、単身乗り込んできました。この企画展のチラシに「昭和の思い出」という言葉が添えてありますが、それを裏切らぬ内容で、大満足いたしました。

 「志摩歴史資料館」は、公民館や社会福祉協議会などのある場所に隣接してあります。まあ、同じ敷地内といっても良いでしょう。この糸島市の旧志摩町の中心部・初(はつ)地区は釣りや海水浴の行き帰りにしばしば通りましたが、歴史資料館には気づきませんでした。初見参です。コンクリート打ちっぱなしの洒落たつくりです。

 入口に掲げてありました。あぶないアブナイ。今度の月曜日(3月21日、春分の日)で終わっちゃいます。入館料220円也を支払い、コロナ対策の入館者情報を書き込み、展示室に入ります。

 ホーロー看板全盛期とでも言いますか、昭和30年代前半か半ばくらいと思われるおそらく糸島のまちの様子を撮った写真です。リアル「三丁目の夕日」です。なんか活気が伝わってきますね。佐賀銀行のロゴは今も変わってないように見受けます。

 私の子どもの頃、もっともなじみのあったホーロー看板の一つが、この菅公学生服です。「菅公」があの菅原道真公のことだと知るのはずっとあと、大人になってから。「大楠公学生服」というブランドもあって、そちらは武将。楠木正成氏のことだそうで、なぜか学生服には歴史上の有名な人物の名前が冠されてました。いずれも岡山県倉敷市の会社のようです。エドウィンなど国内ジーンズメーカーの発祥も大体岡山。繊維関係、強いです。

 学生服、多いですね。富士ヨットは知ってますが、鳩サクラ、日の出桜は初めて知りました。入学は桜の季節(そろそろですね)だから、さくらの入った社名が多いのでしょう。

 季節ものでいえば、蚊取り線香の看板もおなじみでした。うちでは、畑仕事をするときに今も使ってますが、昔に比べて蚊が減った今、とくに都会のマンションとかに住んでる人は見たことない人もいるのでは。

 金鳥といえば、ムシコナーズとかユニークなCMのいろんな商品が出ていますが、昔は「日本の夏、金鳥の夏」というセリフで蚊取り線香のイメージが強かったです。

 ライオンの看板も覚えています。今は「ライオンケミカル」という社名になっていて、時々CMを見かけます。世界で初めて渦巻き型の蚊取り線香の量産に成功した、とネットで調べて知りました。

 大塚製薬の商品もホーロー看板の定番です。

 このおばあちゃん、私は同じオロナイン軟膏のCMに出演されていた三宅邦子さんと思い込んでいましたが、間違いでした。正解は浪花千栄子さんです。あの朝ドラ「おちょやん」の主役、「竹井千代」さんのモデルだそうです。杉咲花さんが演じていた役です。この展示の説明に、「本名が南口(なんこう)キクノであったことから、起用された」とウソのような話がありました。「軟膏効くの?」だと、効きめを疑ってる感があるので、「南口キクヨ」の方が良かった、とムダなことを考えました。

 いやあ、全部懐かしい。お若い方でも、アース渦巻の由美かおるさんはギリご存じかもしれんですね。

 オロナミンCのCMは長らくジャイアンツの選手が出てましたが、そういえば「巨人の星」を提供してました。

 ハイアースの水原弘さんはレコード大賞をとられた大歌手。42歳で亡くなられたのですが、昔の方は若くして貫録というか重厚感ありました。

 ボンカレーは長らくレトルトカレーの代名詞で私もよく土曜日の昼に自分であっためて食べました。モデルの女優・松山容子さんは、映画「トキワ荘の青春」にも登場した漫画家・棚下照生さんという方の奥さんになって芸能界を引退したそうです。「昭和の生き残り」である私も映画やドラマなどの作品を見たことがなく、もっぱらこの看板とカレーのパッケージでお目にかかっていました。

 ムヒも軟膏です。でも今あんまり軟膏という言葉使う人いないんじゃないですか。だいたいムヒとかオロナインとかウナとか商品名で呼びますよね。しかし、この「虫さされ」「かゆみ」の文字の書体、いかにもかゆくてたまらん感じがよく伝わってきます。

 リズムミシンは知らなかったですね。ジューキとかリッカー、シンガーといったあたりが覚えのあるミシンメーカーさんです。でも、「リズム」という言葉はミシンの作業の規則的な音の雰囲気をよく表しています。

 家庭の食卓に欠かせないものもあります。私の家では、ケチャップはカゴメ、ソースはイカリでした。みそはわかりませんが、家で作ってたか、地元の味噌屋で買ってたと思われます。

 イカリソース、今も大好きで必ず買っています。ソース好きな私はさまざまなソースを揃えてますが、ウスターやとんかつなど基本のソースは断然イカリ派です。ピリリと辛く好みです。コロッケとかにかけるの最高です。

 電気釜。電気が「電氣」になってます。ソフトバンクの王会長はサインに「氣力」と書かれます。有難みがあります。今は「炊飯器」と言いますよね。子どもの頃家電といえば、ナショナル(現パナソニック)か東芝が圧倒的になじみがありました。水戸黄門とサザエさんという国民的番組をそれぞれ一社提供してました。

 上の写真みたいな「電気釜」、覚えてます。まだジャー機能が付いてませんでした。ジャーといえば、初期のジャーはある程度長く(6~8時間くらい?)置いとくと、ごはんがヌカくさくなってました。今の製品はメチャメチャ優れています。一日経っても変なにおいはしないです。

 お酒もがんばってました。「ニッポンビール」には★マークが付いてるので、今のサッポロでしょう。昔は福岡など九州北部は焼酎よりも日本酒をメインに飲んでました。灘とか伏見が清酒どころというのは、子どもでも知ってました。

 この「ウララ」もよく見ました。商品名がないので、ナゾでしたが、山本リンダさんが「♪ウララ~ウララ~」と歌う「ねらいうち」という曲がはやったので、その印象があります。今回説明を読んで、ティッシュペーパーなどの製造会社だと知りました。

 これも私なじみ深いですが、これだけ見てもなんだかわかりません。

 「カクイわた」という綿製品の会社です。「おたふくわた」と並んで二大看板わた会社でした、私にとって。

 おたふくわたさんは、今ハニーファイバーと社名変更されている福岡市博多区の会社ですが、社会人になって仕事で行きました。寝具一式を買ったこともあります。

 カクイわたの会社は鹿児島市にあって、私の知人のご近所だそうです。ほのぼのした気持ちになる絵柄です。

 糸島地元のお店の看板。お寿司屋さんが沢山あります。だいたい出前とか仕出しとか書いてあります。昔は法事など集まりがあると、おうちで桶で寿司を注文することが多かったそうです。店で食べることはほとんどなかったと、どなたかが書いてるいたのを読みました。

 西鉄ライオンズ全盛時の象徴でしょう。「平和台饅頭」をあの「ビーフバター焼き」や「雪うさぎ」の風月さんが作っていました。今でいうなら、「ペイペイドームダックワーズ」を作る、的なことでしょうか。

 今回展示の看板の説明です。糸島市にお住まいの堀田勝国さんの長年の成果、感謝です。にしても、看板貼り付けまくりです。ある意味アートです。

 糸島市中心に収集されたそうですが、現存看板はお隣の佐賀県が宝庫なのでしょうか。

 看板を設置したお宅などへの謝礼は、その広告する商品現物のお渡しなどつつましいものだったそうです。家の持ち主もこせこせせず、太っ腹な牧歌的な時代、ほんによか時代でした。

 繰り返しますが、このホーロー看板コレクション、21日で終わっちゃいます。この週末行く価値ありだと思います。

 この能率風呂の看板は、常設のようです。

 この志摩歴史資料館、常設展もあり、いわゆる古代の発掘ものなど興味深いです。それもまた、いつかご紹介します。

 開館時間は、10時から17時ですが、入館は16時30分までです。入館料の220円は大人料金で高校生110円。小中学生・65歳以上、障がい者手帳お持ちの方(と付き添いの方1名まで)は無料です。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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著者情報

米国の本家と同い年のシニアブロガー。毎晩長いときは30分に及ぶ歯磨きを欠かさない。最近覚えたメルカリへの出品にはまっている。
17年乗った作業用の軽トラックをカッコいいカーキ色の新車に買い替えた。

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