私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
ある暑い夏、十二歳になった祖母は山仕事を手伝うために遠くの親戚の家に泊まり込んでいた。
その日は朝早くから山菜を採っていた。
夢中で採りながら移動しているうちに、いつもは行かない山に入り込んだ。
かなり遠くまで来ていたので戻ろうと足を踏み出したとき、宙に浮いた。
しばらくして気が付くと崖下に倒れていた。
見上げると三間(5.5m)くらいの高さから落ちたらしい。
頭を触ると血が出ていた。
立ち上がろうとしたが、痛くて駄目だった。
脚がひどく腫れていて、動く事ができなかった。
どうしようかと考えながらしばらく座っていたが、真夏の太陽が周囲を焼き始めた。
崖の下には影になるところもなく、祖母はジリジリと焼かれていった。
「お〜い! 誰か〜!」
大声で助けを求めたが返事はない。
何度も繰り返し叫んだが誰も来ない。
日光はその強さを増していったが、ただ目を閉じてうつぶせに寝ているしかなかった。
長い長い時間が過ぎ、やっと日が沈んだ。
真っ暗な闇に向かって
「誰か〜! お〜いお〜い!」と叫んでみたが、遠くで鳥の声が聞こえるだけだった。
翌朝、まぶしさに目が覚めた。
太陽はすでにギラギラと輝いている。
喉はカラカラ、手足は火傷のようになり唇は割れている。
助けを呼ぼうにもかすれて声が出ない。
「もうだめかもしれない…」と思いながら意識が薄れていった。
額に冷たいものを感じ目を開けると、同じ年頃の女の子が濡らした手ぬぐいをあててくれている。
「水…飲める?」
差し出された水筒の水は冷たく命が甦るようだった。
ごくごくと飲み干すと安心して気が遠くなった。
次に目を覚ますと見知らぬ座敷に寝ていた。
側には心配顔の女の人とあの子がいた。
起き上がると二人は笑顔を見せた。
「朝方この子が急に『誰かが呼んでいる』って言うなり水筒をつかんで外に飛び出したのよ。後を追うと迷うこともなく一直線に山道を行く。そしてお嬢ちゃんを見つけたの」
「ありがとう! あのままだったら今頃…」
それを聞くと女の子は微笑み、返事の代わりに小さく歌い始めた。
「あ!」
それは忘れられない歌だった。
「覚えている? そう、あの時の歌よ」
母娘は四年前に出逢った門付だった。
ずっと旅を続けていたが、この街に来たときに泊まった宿屋の若旦那に見初められ夫婦になっていた。
隣りの部屋から覗いていた若旦那も良い人で、母娘とも幸せそうだった。
親戚の住む村には街の役場から連絡を入れ、宿屋に泊まらせてもらった。
数日後、脚の具合も良くなった祖母は、名残惜しいが親戚が心配しているからと、いとまを告げた。
三人はずっと手を振ってくれた。
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「おばあちゃん、再会できて良かったね! その後はどうなったの?」
「一昨年も会いに行ったけど、元気に女将をやっているよ。一生の大切な友達」
そう言うと祖母は立ち上がり隣りの部屋から一枚の古い写真を持って来た。
そこには優しそうな着物姿の女性と若き日の祖母が並んで写っていた。