福岡市を拠点に活動する女性エンターテインメント集団「トキヲイキル」が10月14日から、ぽんプラザホール(博多区祇園町)で第7回本公演「検温しましょ」(原作・脚本:徳井義実 / 演出・音楽:柏原収史)を上演。ホール定員通りの入場で全9公演のチケットを完売させ、10月18日に千秋楽を迎えました。心地よく笑える秀作でした!
トキヲイキル初となった本格コメディ劇
新型コロナの影響でライブや芝居などの公演自粛が続いてきましたが、福岡市内の小劇場の雄でもある同ホールでの演劇公演の復活は、地元エンターテインメント界には明るい話題です。 お笑いコンビ「チュートリアル」の徳井さんが初めて脚本に挑戦し、トキヲイキル初となった本格コメディ劇は、沈みがちな世情に心地いい笑いを届けてくれました。久しぶりにお芝居をする喜びが出演者の好演から伝わってきました。 期間中、観劇してきましたので関係者のインタビューも合わせリポートします。なお、2021年1月20日~24日には「上野ストアハウス」(東京都台東区)での東京公演が予定されているため、「ネタバレ」に配慮していますのでご了承ください。
舞台は、とある地方都市にある大きくはないけれど小さくもない病院「時井総合病院」。内科と外科、それぞれのナースステーションを舞台に話が進みます。 描かれているのは「白衣の天使」たちの喜怒哀楽。複数の医師と看護師に聞いたところ、「誇張はされているけれど、程度の差こそあっても『あるある』」とのこと。徳井さんの取材(もしくは実体験)の成果でしょうか。 上演時間は約80分ですが、テンポよく進み実際より短く感じます。大きく4場面に分けられ、三つのコントを最後に集束させるような構成です。
今回、4つの場面それぞれに、オリジナルの歌がフルコーラスで入ります。出演者には元アイドルなど音楽経験者が多く、見応えと聞き応えがあるシーンとなっています。エンターテインメント集団としての「トキヲイキルらしさ」を印象づけてくれます。 いずれの歌もストーリー上で大きな役割を果たしています。徳井さんと柏原さんはバンド「鴬谷フィルハーモニー」で活動し、「親友です」(柏原さん)と公言する仲ですが、今回は感染対策という制限がある中、2人のあうんの呼吸で楽曲や舞台が完成したことがうかがえます。 劇中の笑いはとても爽やかです。人を傷つけたり見下したりする笑いではありません。心の機微を丁寧にあぶり出し、それを出演者が体を張って適度に誇張することで生み出される笑いには、どこか落語にも通じるものを感じました。「あの俳優さんがあんな表情をするんだ」という「落差」も楽しめます。やはり「人間」が一番面白い素材なのだと感じました。
出演者はトキヲイキル(6人)と劇団トキヲイキル(5人)に客演(8人)の計19人(2組4人はダブルキャスト)。トキヲイキルの本公演はこれまで、限界集落や銃後、人生の再生、女性の社会進出など硬派なテーマを女性がしなやかに演じることで、観客が受け入れやすいメッセージとして伝えるのが特徴でした。 本格コメディは今回が初挑戦。「お芝居は泣かせるより笑わせる方が難しい」とよくいわれます。今回、出演者が真摯に笑いに向き合うことで、トキヲイキルの演劇の幅が広がったと感じました。 今までになかった役柄を演じる出演者も多く、トキヲイキルの公演を見慣れたファンには別の新鮮さもあったはずです。主演の岸田麻祐さんの苦悩の表現、怒りを爆発させるあわたかれんさんなど随所に見所があふれていました。
舞台は、あるセリフの叫びで終わります。柏原さんによれば、徳井さんは「最後はこのセリフで」と決めていたそうです。「天使」ではなく「人間くさい」姿を描くことで笑いを誘いながらも、コロナ禍で奮闘する看護師など「生身の」医療関係者へのエールと敬意が作品からは感じ取れました。 東京公演のキャストは後日発表されますが、福岡で観劇した徳井さんの希望で脚本の一部を変更するそうです。福岡とはまた違った笑いと感動を届けてくれる舞台となるに違いありません。
演出・音楽担当の柏原収史さんにインタビュー
「構築された笑いを伝えることに挑戦」
これまで、本公演の脚本は劇団人が書いていました。今回は徳井君の手によって今までにない脚本となりました。台本を受け取ったときは「さすが」の一言でした。台本を読んだだけで笑えるのは演出担当として本当にありがたいこと。感動こそないものの笑いの構築がしっかりしていて、それをどう表現するかが大きな課題でした。泣かせるより笑わせる芝居の方が難しいという、今までにないハードルを出演者みんなが感じていました。 「リアリティー」より「伝える」ことを、ストレート芝居じゃなくコント芝居を意識しようと稽古で言い続けました。コロナ禍の自粛で舞台やライブは根こそぎなくなりました。みんな「やりたい」と切望していたところに台本が届いたのは、飢えたライオンに肉を与えるようなもの。稽古初日までにみんな台詞が入っていました。 トキヲイキルの舞台での当面の目標は「アイドル舞台と思わせたくない」です。 「だまされたと思って見に来たら思わず感動して泣いちゃったよ、笑っちゃったよ」に持って行きたいですね。 その上でもっと大きな舞台も目指したい。感覚としてやっと5合目ですね。トキヲイキル、劇団トキヲイキルのみんなが単独でも、そしてエンタメの中心地・東京でも通じる役者になってほしいです。
主演の岸田麻佑さんにインタビュー
「客席の笑い声、心地良かった」
新型コロナの感染が拡大する状況下で活動の自粛が続き、お芝居をやりたいという気持ちと、でもやれないという現実が続いていたので、この公演もまた延期になるのではという不安がずっとありました。開催にこぎつけほっとしました。満席のホールでステージに立つとお客さんの笑い声が気持ちよく、舞台に立つ私たちの「熱」が上がるのを感じました。 今回は初めての本格コメディでした。台本を読んだ瞬間に面白かったし楽しかったですが、それをちゃんとお客さんに伝えられるか不安とプレッシャーがありました。徳井さんの過去の動画などで学ばせてもらいました。 初日はとても満足しましたが、初めての役柄だったこともあり公演を重ねるごとに「もっとこうしたい」との欲がどんどん出てきました。東京公演は2年半ぶりですし、台本にも手が加わるので楽しみです。 何度見ても楽しめる舞台です。東京公演も多くの人に見てほしいです。 そしてこの時期に多くの人が劇場に足を運んでくださったこと、検温など感染防止策にご協力いただいたことには、本当に感謝しかありません。