私は、陣痛の真っ最中に車を運転してしまいました。火事場のバカ力のようなものでしょうか。人は究極な状況になると普段はできないようなことが出来たりするものです。夫の無神経な晩酌によって引き起こされた、私の命がけドライブのお話です。危険ですから、みなさん真似をしないようにしてください。
元気な妊婦
私は結婚してから11年目にようやく妊娠し、喜びはひとしおでした。幸運なことにつわりがなく、家事をほぼ普段通りにこなす快適な妊婦生活を送っていました。また、妊娠中の体重はできるだけ増やさないようにとの医師の指導で、マタニティスイミングに週に3日通うほどの元気妊婦。もちろん、自分で愛車を運転して診察もプールへも出かけていたのでした。
実は私、かなりの車好きで、愛車を買うときも「絶対マニュアル!」と時代に逆行したスポーツカーを選択し、ごきげんドライブを満喫しておりました。あの悲劇までは…。
突然の陣痛
私がすこぶる元気な妊婦であったこともあり、妊婦雑誌を読んだ夫は「初産は出産日が予定日より遅れる」と、のんきに考えていたようでした。その証拠に、出産予定日の2週間前でも夫の夕食時の晩酌は続いていたのです。私は陣痛が来たら、夫に運転してもらわないといけないので
「予定日が近くなったらビールはやめてね」と言いつつ、まだ先だから大丈夫かなと油断していました…。
予定日の10日前、いつものようにマタニティスイミングに向かうと、水泳前検診で看護師さんに
「あら血圧高いわ。今日は軽く泳いで、帰ったら休んでね」と言われました。私は軽く泳ぐ程度ですませ、帰宅し夫と夕食。その深夜のことです。
私の
「気持ちが悪い」から始まり
「今日トンカツ食べすぎたからじゃない?」と、眠そうな夫。ところがしばらくすると、お腹が痛くなり私は「もしかして、陣痛では?」と直感が働きました。すぐに用意してあった入院セットを出し
「病院に行かなくちゃ!」と言うと夫の
「俺、ビール飲んじゃった」と、申し訳なさそうに一言。
田舎でタクシーの電話もつながらず… 更に激しい腹痛で救急車を考えていると、不思議とすーっと痛みが消えたのです。
「今なら運転できる!」と私は自分でハンドルを握り、夫を助手席に乗せて病院までの20キロを走り出しました。
命がけのドライブ
深夜の道で、病院まですぐの道のり。ところが、運転して少しすると陣痛復活。車を脇に停めて、ギューッとやって来る激しい痛みに耐えて汗だくの私。無神経な夫の
「大丈夫~?」の声かけに殺意を感じながらも、痛みがおさまっては運転の繰り返し…。足に力が入らないので、クラッチが踏めず、自分のマニュアル車を呪いました。
1時間近くかけてようやく病院に到着。ぜーぜー言っている私を見て、看護師さんは唖然。
「自分で運転したの!?」
「そうです。私が一人で運転しました。誰かがビールを飲んだばっかりに」医師も看護師さんも
「なんて危険なこと! すぐに横になって!」と大慌てで寝かされました。夫は私の横で少ししょんぼり。5時間後、無事に元気な男の子を出産しました。
後にこの話が出た時、夫は
「え? そうだったっけ?」と、ぽかんとして全く記憶にない様子。私はまた怒りがふつふつと湧いたのでした。
先日、高校2年になった息子にこの話をしたら
「マジか。すげー!」と驚いていました。そうです、母は頑張ったのですよ。陣痛に耐えながら運転した愛車はあれから17年。来週、新車に乗り換えで、お別れすることになりました。思い出深い車と陣痛のお話です。
(ファンファン福岡公式ライター/松永つむじ)