記録続出の厚底シューズが話題ですが、気になるのはシューズだけではありません。「足を守り、軽く走れる」グッズを求める市民ランナーの間で注目は、「和紙のランニングソックス」。メダリストにも自衛隊員にも愛用されています。しかも発売元は福岡の会社「itoix(イトイエックス)」です。この記事は、フリーライターの永島順子さんが詳しくお話を聞いてきています。
「ロゴって必要ですか?」アスリートファーストは“あるはずのモノ”を捨てさせた
これが、ウワサの和紙のランニングソックス。ん?「Itoi X」と記されたパッケージから商品を出すと何か違和感が。スポーツギアにはおなじみのロゴがないのだ。 「不思議ですか? でも走るのに、ロゴって必要ないでしょう」。そう言って、イトイエックス代表取締役の社川拓矢氏は笑う。
社川氏: 「本音はコスト。だけど、ロゴはメーカー側のエゴにすぎず、ユーザーにとってのメリットはありません。『擦れるのが気になる』とウエアのタグをすべて切り取ってしまう人もいるくらいです。」 滑り止めもなければ、土踏まずのアーチを支えるサポート機能もない。全体的にのっぺりとした印象で、サポート付きソックスを愛用している自称“ランニングライター”の目には正直、頼りなげにさえ映る。 社川氏: 「アーチは練習で自ら付けておくものですし、滑り止めも異物感を与えかねません。」 不要なものは一切排して軽量化を図り、吸水速乾性という和紙の機能を最大限に発揮させることを追求したシンプルなソックス。それが、なぜここまで高い評価を受けるのか。具体的に確かめてみたい。
「めちゃくちゃ軽い! フィット感もgood!」実際に履いて、走ってみて納得
和紙特有のゴワゴワ、ザラザラとした手触り感。履くときに通常の5本指ソックス以上に手間取った。だけど、意外なほど伸縮性があり、きちんと指を合わせると足にしっくりとなじんでくる。
いつも通り右足にテーピングを施したが、その上からでも違和感ゼロ。そして何より、軽い! 思わず、量ってみた。ふだん愛用のA社のソックスは両足で40グラム。「Itoi X」(ショートS) は22グラム。 自宅の古いキッチンスケールなので、正確さには欠けるものの「他社製品の2分の1」とのうたい文句に偽りはなかった。
和紙100%」のこだわりで実現した高い吸水性、速乾性がランナーの足をマメから守る
軽いだけではない。和紙糸は多孔質。たくさん穴が開いているため水分がたまりにくく乾きやすいという特質を持っている。 ランナーの天敵=マメは、水分と摩擦で生じる。雨の中で長時間走るとマメができやすいのはこのためだ。 登山道や林道を走るトレイルランニング(トレラン)では、泥と水でぬかるんだ道を走ることもしばしば。トレイルランナーや42.195kmを超える道のりを走るウルトラマラソン愛好家たちにとって、マメ対策は重要な課題なのだ。 そんなランナーたちの間で「マメができにくいソックス」として「Itoi X」の名が広がり始めてきた。「Itoi X」を着用して120キロのトレイルを完走したランナーが送ってくれたゴール後の足裏の写真と、このソックスを使わなかった友人のふやけ、マメだらけの足裏写真は、その強烈さから今もPOPに使用されている。 実は、他社にも「和紙糸」を使ったソックスはある。しかし、加工技術が難しいためポリやナイロンと併用。あくまで「和紙糸を使ったソックス」でしかない。 一方、「Itoi X」は「肌に触れる面は100%和紙糸」を貫いている。このこだわりが、和紙糸を使った他社製品と比べ遙かに高い吸水性、速乾性を実現させているのだ。
メダリストに愛用されながらも日の目を見なかった商品が、博多でよみがえる
このランニングソックス、実は25年前に大阪の糸井徹氏の手によって開発されていた。 1937年生まれの糸井氏は、名だたるブランドに生地を提供してきたテキスタル界のレジェンド。和紙糸と出合い、試作を重ね多大な困難を乗り越えて5本指ランニングソックスの商品化にこぎ着けた。
その良さを体感して欲しいと、五輪日本代表チーム、高校・大学の陸上部など全国のアスリートたちに提供。愛用者には五輪・パラリンピックのメダリストもいれば、実業団強豪チームのランナーもいる。 ある年の箱根駅伝では、往路山登り5区で区間賞を取ったランナーがこのソックスを履いていたことから、「山の神」ならぬ「山の紙」の見出しがスポーツ紙に躍った。 モノはいい。アスリートたちも認めた。しかし、内外多数の有名スポーツブランドから各種の機能性ソックスが世に出ている中、職人肌の糸井氏に、この商品を大きく打ち出す力はなかった。 ブランド名も定まらず、委託販売などでくすぶっていたこの商品に目を付けたのが、営業代行などの仕事を通じて偶然、糸井氏と出合った福岡の若者たちだった。 2015年、「福岡から新たなブランドとして売り出したい」と福岡市で会社設立。「Itoitex(イトイテックス)」の名称でスタートしたが、その後、糸井氏の意向を受けて「Itoitex」は素材としての和紙布のブランド名に移し、社名を「itoix」に変更した。
「雨に強いイトイエックスのソックス」「蒸れない、ふやけない」。自衛隊員からも認められた実力
速乾性の高さ、蒸れにくさといった特性からニーズに最も合致する競技はトレラン。 トレラン、ウルトラマラソン大会への協賛、ブース出店、トップアスリートへの商品サポートなど緻密なマーケティングと地道な販促活動の積み重ねで「Itoi X」の名は、徐々にランナーの間に浸透してきた。 以前、糸井氏から提供を受け、その履き心地が忘れられずに探し続けていたトップ選手が「ようやく再び出合えた!」とネットで注文してきたこともある。 2020年の東京マラソンで2度目の日本新記録を出した大迫傑選手だったが、冷たい雨の中で行われた2019年の東京マラソンは途中棄権している。 その雨の東京マラソンを走り抜いたのが、走力をかわれてNHK大河ドラマ『いだてん』にも出演した芸人ランナー宇野けんたろう。「Itoi X」で走った雨の東京マラソンをこう語っている。 宇野さん: 「スタートからゴールまでひたすら濡れ続けた。ウエア、短パンはびしょびしょで重さをかなり感じた。だけどソックスだけはあまり気にならなかった。レースが終わった後も普通なら足の指がふやけて皮がめくれてしまうが、『Itoi X』のおかげでダメージがほとんど無かった。」 「雨に強いイトイ」の面目躍如だ。さらに意外な反応が寄せられたのが、自衛隊だった。 隊員からの要望を受けて、陸上自衛隊福岡駐屯地で取り扱い始めた当初は、あくまで「トレイルランニングやウルトラマラソン用の靴下」として販売していた。
しかし、演習の際に各地の駐屯地から集まった隊員がポスターやチラシを見て購入。演習後に「この靴下はいい」と口コミで広がり、気がつけば短期間に数百足売れていたという。なぜか? ブーツを履いたままで長時間の訓練を続ける自衛隊員にとって「足は命」。 蒸れてふやけた足裏のことを自衛隊用語で「塹壕足(ざんごうあし)」といい、悪化するとひび割れて痛みをきたすという。それが、「イトイエックスの靴下を履いていると、ふやけて白くならない」「サラサラでいい」と評判を呼んだわけだ。 福岡、小倉を皮切りに小郡(福岡)、目達原(佐賀)、相浦(長崎)、北熊本、さらには伊丹(兵庫)、練馬(東京)、東千歳(北海道)の各陸自駐屯地、航空自衛隊築城基地(福岡)でも迷彩服やミリタリーグッズの中にカラフルな「Itoi X」が並んでいる。米軍の「コヨーテブラウン」を採用した自衛隊限定モデルも人気だ。
「5本指ソックスは履くのが面倒で苦手」という人たちの声に応えて、足袋型ソックスを開発。クラウドファンディングで応援購入者を求めたところ、6時間で目標額を達成した。 「肌に触れるものは和紙糸が最もよい」という理念のもとに、アンダーウエアの試作にも着手するなど、イトイエックスの挑戦はとどまることを知らない。 2020年1月の屋久島ウルトラ100キロ。冷たい雨にやられて初めてマメをつくってしまい、85キロの関門に間に合わず、これで“ランニングライター”返上か?と悔しい思いをした。あの日、もし「Itoi X」を履いていたら……。 新しい“武器”を手に、いや足に、密かに雪辱を期している。 文=永島 順子
株式会社itoix(イトイエックス)
■設立 2015年6月 ■事業内容 スポーツ用品の製造、販売・日用雑貨品の製造、販売・イベントの企画、運営及び管理業務 ■所在地 福岡市博多区綱場町6-13 九産綱場ビル6階 ■TEL 092-215-1937