路上靴磨きや、企業や個人宅を訪問する出張靴磨き“旅する靴磨き屋さん”として話題の森大空(モリ ヒロタカ)さん。今回は、福岡を拠点に活動するライターの山内亜紀子さんが、世界中を旅するほどの旅好きだった森さんが靴磨きに出会うまで、そして魅了された靴磨きという仕事のこと、これからのことなどを伺いました。
路上靴磨きや、企業や個人宅を訪問する出張靴磨き“旅する靴磨き屋さん”として話題の森大空(モリ ヒロタカ)さん。鹿児島県出身の森さんは、1997年生まれの23歳。高校卒業後福岡へ。九州産業大学経営学部産業経学科に入学し、経営学、経済学、マーケティング、物流、経営に関わることを学びます。台湾、バリ、インドネシア、韓国、スイス、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアなど世界中を旅するほどの旅好きだった森さんが靴磨きに出会うまで、そして魅了された靴磨きという仕事のこと、これからのことなどを伺いました。
修理とマーケティングの技術を学んでいた時期に出会った“靴磨き少年の神話”
――在学中は、旅することに加え、経営者が集まる朝の勉強会に参加して様々な経営者と出会ったことが、森さんに靴磨きと出会うきっかけをつくります。
森: 「朝の勉強会に参加されていた経営者の方で、マーケティングの講師と家具やバッグなどの総合リペア業をやっている方がいらっしゃったんです。 その方にマーケティングと同時に総合リペア業も教えていただいているうちに、修理の方にハマってしまったんです(笑)。」 ――その頃にNYの靴磨き少年の話を聞いたことが、森さんの旅する靴磨き屋として活動するきっかけを加速させます。 森: 「NYのウォール街で証券マンなどを相手に毎日靴磨きをしていた少年が、お客様との会話から株の相場や景気の話など様々な情報を得て、やがて逆に証券マン達から株の情報などを聞かれるほどになったんです。 ある日、たまたま靴を磨きにきたジョセフ・ケネディ(ケネディ大統領の父)に、この少年はおすすめの株を教えます。投資家だったジョセフは、靴磨きの少年まで株に興味を持ち出したことに危機感を覚え、全株式を売却しその後の世界恐慌(1929年)を免れたという逸話があるんです。 この話はジョセフが世界恐慌を逃れたということで有名ですが、少年の言葉をきっかけに世界恐慌が起こり、第二次世界大戦につながったという諸説もあります。 僕はこの話を聞いて何も持っていなかった少年が、人と出会うことで情報を得ることで世界を変えられるんだと思って靴磨きにとても興味を持ちました。」
森:「さらに調べていくうちに、バーカウンターで靴を預かってもらい、お酒を飲みながら靴磨き職人の所作と会話を楽みながら自分の靴がきれいになっていく、という例も見つけたんです。そういう文化がすごくかっこいいなと思いました。 また、2018年から靴磨き選手権大会が開催されていて、日本一になった方が大阪にいるときいて、ヒッチハイクで会いに行き、その方に靴磨きをしてもらいながら話をして、技術を教えてもらいました。」
マーケティングの知識を駆使した戦略が失敗した出張靴磨き
――その後、スーツを着た靴磨き屋さんをはじめようと、森さんは大学時代に得たマーケティングの知識を用いて、万全の準備と戦略で活動を始めます。
森「僕が目指す靴磨きは1足4,000円という料金でした。マーケティングを勉強していたので、4,000円出す人ってどういう人なんだろうと考え、リストとプレゼン資料も作り、飛び込み営業をしましたが、1件も成約はとれませんでした。 そこで、自分で作ったリストは全く考えず、1日10社を目標に目についたところに飛び込み営業をし、3ヶ月で600社ぐらい回りました。福岡市の中心部である天神、博多から始めて、東区や郊外も回るようになりました。 そんな中で、“いいよ1足磨いて”というお客さんがいらっしゃって、そのお客様をきっかけに紹介が増え、現在は紹介と口コミだけで活動できるようになりました。」
靴磨き文化を広めたい思いで始めた路上靴磨き
――そして、森さんが飛び込み営業続け顧客を持ち始めた頃、2018年の4月から博多駅の路上で靴を磨き始めます。
森「博多駅を出た博多口の福銀前で平日の夕方18時〜21時に路上で靴磨きをやるようになりました。飛び込みをしていた時、靴磨きがどれだけ大事か、どれだけ影響があるか皆が知らないことに気づき、靴磨きの文化を広めたいと思って路上で靴磨きを始めたんです。 僕のミッションは目の前の人を幸せにすること。まずそれを靴磨きから始めたいんです。路上での靴磨きは、文化を広める目的でやっているので料金設定をしておらず、お気持ちでいただいています。 きつかったのは店舗を持ちたい話やミッションの話を全否定された時ですね。お金をもらえない時よりきついなぁと思いました。」 ――時には自分の夢や価値観を否定されることもあった路上での靴磨きですが、たくさんの人の靴を磨き、会話することによって、モノを大切にすることを大事に思ってくれる人が増えたことを実感しているそうです。 森「“1万円の靴を履きつぶすのではなく3万円の靴を買って修理や手入れをしながら10年の相棒にしましょう、愛着もわくし、歴史も一緒に刻めます”という僕との会話から、ライフスタイルを変えようと思ってくれる方が増えました。 靴がきれいになると、靴下やズボンの丈、シャツと服装が気になるようになるんです。身にまとうものの中で、一番面積が小さいものに気を使えることが、今日こんなご飯を食べよう、この道を通ろう、とその人の1日を変える。それが靴磨きなんです。」
出張靴磨きから、店舗をかまえ靴磨き専門店へ
――2019年3月に大学を卒業し、フリーの靴磨き屋さんとして活動を本格化する森さんは、5月から六本松でバーに間借りし、拠点を作る予定です。
森: 「現在は、オフィスや自宅に出張し、修行期間と決めているので、靴磨きは1足20〜40分1,500円をいただいています。5月から六本松で間借りして拠点をつくる予定です。 僕の一番の目標は、料金設定をせずに、お客様の価値観から生まれた僕への評価=お気持ち金額で実店舗を10年経営することなんです。まずは、出張靴磨きから店舗をかまえた靴磨きに変え、間借りから始めようと思っています。 今までのお客様とは客層が違ってくるかもしれませんが、不安よりも“やろう!”という気持ちが強くて、まずは挑戦したいと思っています。」
靴磨きを通して感じている福岡の“今”
――鹿児島出身の森さんは、大学卒業後も福岡を拠点に決めたことに思いがあるといいます。また、東京ではなく福岡にとどまる理由を聞くと、シンプルに「大好きなじいちゃんに何かあれば駆けつけられる距離だから」とはにかみながら話してくれました。 森: 「福岡の好きなところは、都会と田舎があるところです。田舎の人たちのいい感覚は残りつつ、ちょっと品がある人、情報も溢れていると思います。情に厚い人が多いし九州男児という感じで助けてくれる人が多いですね。 また、とても尊敬している、経営者だった祖父が鹿児島にいるので、何かあったらすぐに帰ることができる距離だからという理由もあります(笑)。 住み始めて4年目ですがいい街だなあと思っています。僕を育ててくれたのはこの街の人たちなので、この場所から世界に誇れるものをつくっていきたい、恩返しをしたいという気持ちがありますね。 靴磨きをしていると、福岡に住んでいる人たちの“今”がわかります。女性のほうが多いし、営業所も増えてきているから大企業の方たちも多いです。 出張で福岡にきた人や移住してきた人達が靴磨きのお客様に多いので、“東京で不動産業をやっていたけれど、福岡のほうが緩和が進んでいる”という話をお客様から聞いたり、NYの靴磨きの少年ではないですが、インターネットやメディアでは得られないリアルな情報が入ってきます。 その上でこれから福岡はもっと面白くなると感じていますし、これからは若い世代の僕たちが面白くするんだと思っているので、僕が福岡を面白くします!(笑)」
— 大学を卒業し、本格的に靴磨きを仕事として活動していく森さん。靴磨きの技術だけではなく、靴を磨いている時間を通してこれからもたくさんの知識や価値観を伝え、反対にお客様から学ぶことも楽しみにしているようでした。 森さんが、会話を通して世界を変えることができる職業だと感じた靴磨きは、これから福岡に住む人達に新しい価値観を与えてくれそうです。 文=山内 亜紀子
森大空(モリ ヒロタカ)
1997年鹿児島県鹿屋市生まれ、鹿児島市内育ち。出張靴磨きGrande Cielo 代表。2019年3月、福岡~東京間の0円・徒歩旅を達成。九州産業大学経営学部産業経学科卒。在学中に出会ったリペア業から靴磨きという職業に出会い出張靴磨きを始める。昨年から博多駅前で路上靴磨きを開始。今年5月にはバーの片隅を間借りし店舗での靴磨きを開始予定。