女性活躍ジャーナリスト 村山由香里さんが福岡で活躍する女性たちを追うコラム。 今回は、いまだ女性率3%という超マイノリティな建設業界で「もっと女性活躍の場づくりを!」と奮闘する、有限会社ゼムケンサービスの社長 兼 けんちくけんせつ女学校の校長、籠田淳子さんにお話しを伺いました。籠田さんが描く、建設業界での女性地位の今と未来とは。コロナで多くの方が大変な時ですが、こんな時こそ、自分の未来をしっかり見つめ直すきっかけになれば幸いです。
女性率3%を打破するために「けんちくけんせつ女学校」開校
昨年4月、「けんちくけんせつ女学校」(通称:けんけん女)が福岡市で開校しました。福岡、熊本、山口の建設会社の女性社員が参加し、その後、10月と今年2月には大阪でも開校。オンライン授業には、北海道から沖縄まで全国から参加者しています。 建設業の女性活躍を担う取り組みとして、国や全国の建設会社から注目を集めました。いまだ女性率3%という超マイノリティな建設業界で働く女性たちにとって、本音で語り合える仲間ができたことは最高の財産になったようです。
校長は、福岡県の北九州市で工務店を営む籠田淳子(こもりだじゅんこ)さん。実はこの企画、籠田さんのビジネススクールの修士論文を国土交通省が採択した取り組みです。 町の工務店社長の「思い」が国を動かす。今月は、そんな籠田淳子さんを訪ねました。
15年の奮闘!子育てでリタイアしたママさん建築士を活かすには
「大股開いて座らんと認めてもらえんの。男にならんとこの業界では仕事にならんのよ」 籠田淳子さんの取材は、こんな衝撃的な言葉から始まりました。
籠田淳子さんが経営する有限会社ゼムケンサービスは、一戸建てからマンションリフォーム、店舗デザイン設計まで請け負う、町の工務店です。珍しいのは、社員8名の内7名が女性であること。うち4名が一級建築士です。 2002年に、父の会社の子会社を籠田さんが継いだのが始まりです。籠田さんは出産したばかりでゼロ歳児を抱えていた頃です。働きに働いて子どもに充分に手をかけられない現状に、「人を育てよう」と採用に踏み切ります。 募集をかけると、「子どもがいるので一日4時間しか働けない」「残業はできません」「夫の扶養の範囲で仕事したい」、そんな制約のある業界出身のママさんがやってきました。 「2人で1人分の仕事をしてもらったらどうだろう」と一級建築士とインテリアデザイナーを採用しワークシェアリングを導入したのをきっかけに、積極的に女性建築士を雇用する取り組みが始まりました。 今から15年ほど前のことです。女性の感性を活かした店内の色使いや導線など、男性では気づにくい女性ならではの提案が強みとなりました。
国から評価され、受賞をきっかけにアカデミックな世界の扉が開く
「女性の感性が建設業界で活かされると生活がもっと豊かになり、子どもからお年寄りまで安心して暮らせる社会になる」と実感した籠田さんは、ワークワイフバランスやワークシェアリングを経営に取り入れ、いつしかゼムケンサービスは女性ばかりの建築士集団となっていました。 また、全国の女性建築家やデザイナーがチームで仕事が出来る「女性建築デザインチーム」も立ち上げました。 そんな取り組みが評価され、2013年に内閣府の「女性のチャレンジ賞」受賞、2014年に経済産業省の「ダイバーシティ経営企業100選」選出、2015年に内閣府「第1回 女性の輝く先進企業表彰」、2016年に「第9回ワークライフバランス大賞」奨励賞と、国の表彰を総ナメにしていきます。
受賞すると広く世間に認知されます。 2015年、中小機構から慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)にオフィスを持って共同研究をしないかという話を持ちかけられます。藤沢市も応援するというのです。 持ち前のチャレンジ精神で、家具も設置して藤沢市にオフィスを出した籠田さん。教授たちとお見合いみたいなことを何度か重ねるが、どうもピンときません。「アカデミックな世界は苦手で常識もわからない」。やっと話が通じそうな女性教授と出会った矢先、ある事情でペンディングに。 その頃、女性活躍の研究のため、籠田さんのオフィスを来訪された法政大学ビジネススクール(イノベーション・マネジメント研究科)の高田朝子教授との出会いで運命が転換していくことになります。
「 “籠田さんがやってることは、再現できるの?”と聞かれたんです。私も後継者だし会社は永続しないといけないと思っていました。でも、私のマネジメントは感性でやってるから再現できない。自分の仕事を形にしたいと思ったんです」 高田教授に「藤沢に通ってるんだったら、法政、どう?」と誘われ、翌2016年、法政大学大学院に入学。週1回の東京生活が本格的に始まります。
世の中の小企業社長の皆さま、MBA取得は絶対おすすめします!
法政大学ビジネススクールの受験は、英語なし、論述試験と面接のみ。「面接では、建設業界の女性活躍を進めるにはどうしたらいいかを明らかにしたい、私みたいな女性がいるかどうかも知らないし知りたいと話しました」 中小企業の社長はミクロの世界で生きています。マクロ経済を学ぶことで、自分の会社の特異性がわかってきたという籠田さん。 「一つひとつが勉強で、頭の中でビジネスフレームができてくるようになるんです。今まで出会ったことのないような人と出会えるのも魅力です」 地方整備局の女性向け講演会で全国10ヶ所をまわった時は、参加者アンケートから建設業界の問題を深く知ることになり、研究に大いに役に立ったそう。また、会場で「建設業界の女性が語り合うこんな場を続けたい」と呼びかけたのが建設産業女性活躍推進ネットワーク発足へつながります。 今年1月、国土交通省と建築業5団体と建設産業女性活躍推進ネットワークで「女性の定着促進に向けた建築産業行動計画〜働きつづけられる建設産業を目指して〜」をまとめ上げ、国に提案しました。その行動計画のレビューを、「けんちくけんせつ女学校」がしています。
「女性1人だけという建設現場も多く休憩室も一人で孤立しがち」「パワハラ・セクハラが起こりがち」「女性の生理の問題に理解を」「大声ありきでなく、マイクやイヤホンを」など、現場の女性たちだからこその細かな提案が満載で、それらを活かした計画となりました。 「けんちくけんせつ女学校」を発展させた講座が、厚生労働省に採択され、「女性施工管理・建設業の管理入職コース」として始まります。籠田さんは、カリキュラムづくりに関わり、講師として教えます。 「就職氷河期に卒業したロスジェネ世代のための講座ですが、まさに子育てのために建設業界を離れた女性たちを活かしたいとの思いと合致する講座です。離職して資格を更新していない女性は全国に1万人もいるんです。また、ガーデニングやDIYが好きな女性が、好きを仕事にするためにもぜひ講座を受けて入職してほしい」
建設現場女性の思いを伝えたい!建設業界の男性の意識改革を!
子どもの頃、父親の後ろから現場を見、自らも業界に飛び込み、建設業界で女性が活躍するためにどうしたらいいのかを考え続けてきた籠田さん。必要なのは「男性の抜本的な意識改革」だと、いまはっきりと認識しています。
1. 女性を男性と同等に指導育成
女性が極端に少ない建設業界では「女性に難しいことはさせない」指導になりがち。女性を下に見ているからで、冒頭のような男と同じ態度をしないと同等に扱われないということが起きやすいといいます。
2. 男性の性的言動
「現場では、男性が性的な話を当たり前にします。“飲む打つ買う”そんな会話で男の絆を築いている」と籠田さん。性的な話をする、からかう、それは女性にとっては人権侵害だと男性がきちんと認識することが重要。 一人ひとりの女性の思いがこうして社会を変えていくんだなあと感じた籠田さんの話でした。
最後に、籠田さんの成長に大きく関わった法政大学大学院の高田朝子教授にコメントをいただきました。
高田教授: 初めて会った時にその感性の豊かさとパッションに圧倒されました。しかし、経営学者の目から見ると、感性とパッションだけで女性が長くコトを動かすのは難しい。その後ろにある緻密な計算やロジックがないと、特に男社会は動かないですから、ビジネススクールで訓練を受ければ良いと思ったのです。 忙しい中、福岡から通い、時にはネットで参加して立派に授業に出て、そして修士論文を仕上げました。ゼミで彼女を含むゼミ生のロジックがぶれると「滝に打たれてきなさい」と冗談で言ったものです。今はMBAを得てパッションの上にロジックもついてますから今後の籠田さんが非常に楽しみです
— コロナで多くの方が自宅で過ごしています。大変な時ですが、こんな時こそ、力を溜める時。女性経営者のみなさん、自分の経営をしっかり見つめ、来年の大学院進学を考えてみるのも1つですよ。大学院に行きたかったけど、行かないまま会社が終わってしまった私、村山の反省を込めて。 文=村山 由香里