軍師・黒田官兵衛ゆかりの中津城!怨念の赤壁伝説「合元寺」

福岡市博物館で開催中の「軍師官兵衛」でも話題の黒田官兵衛ゆかりの中津城(大分県)に行ってきました! 激動の戦国時代、天下統一に突き進む豊臣秀吉を軍事参謀として支えた官兵衛は、秀吉の九州平定後、豊前6郡12万石の領主となり、中津城を築城。堀に海水を引いた中津城は、日本三大水城のひとつに数えられています。

出典:ファンファン福岡
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本丸北側には、石垣に「y」字状の目地が通る場所があります。向かって右側が黒田時代の石垣、その上に積まれている左側が細川時代の石垣だそうです。細川時代の石垣はゴロゴロと形が異なる自然石ですが、黒田時代の石垣は四角く加工されています。黒田時代の方が細川時代より古く、黒田時代は自然石の石垣のはずなのに…。

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中津城築城の際、官兵衛は、川上にある福岡県上毛町の7世紀の遺跡(唐原山城)の石を再利用したそうです。これによって「早く効果的に」築城することができたんですね。さすがです…。

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さて、ここ中津には、官兵衛の豊前平定における因縁の寺があります。 「赤壁寺」と呼ばれる合元寺。

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秀吉が九州平定する以前、豊前国は400年にわたって宇都宮一族が支配していました。黒田軍と宇都宮一族の本家宇都宮鎮房は何度も戦を交え、ついには長政が鎮房の娘を嫁にし、宇都宮市の旧領は安堵するという条件で何とか和議を結ぶほどだったそうです。しかし、1588(天正16)年4月、婚姻の宴に招かれた鎮房は中津城内で謀殺。合元寺にいた鎮房の家臣も皆殺しにされました。 この時、寺の壁は返り血を浴びて真っ赤に染まり、その血痕は何度塗り替えても染み出ることから、ついには赤く塗りつぶしたそうです。

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ほかにも、中津城の近くにはいろいろな名所がありました。 「学問のすゝめ」や一万円札でお馴染みの福沢諭吉の旧居・記念館も!

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これからのNHK大河ドラマもさらに面白くなりそうな、見所満載の大分県・中津でした!

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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