「道は迷わじ、なるにまかせて」軍師官兵衛に学ぶ~NAI・NAI起業のなまはげみきvol.22

♪NAI-NAI-NAIお金ない、NAI-NAI-NAI 場所もない、NAI-NAI-NAI でもとまらない~. お金も人脈も知識もなく起業した太刀山美樹です。   みながジャニーズにキャ~と言っていた中学生の頃、誰のファン?と聞かれ、「佐藤浩市さん」と答えると、誰?と言われていた私。   そんな私でしたが、元ラガーマンの岡田准一さんはカッコいいと思うようになりました。SPの映画では吹き替えなし、(地元の為にと撮られた)枚方パークの脱力系ポスターがなんともいい感じ!   4月は、たまたま仕事が近畿に集中したため、移動のなか日に、歴史好き息子をよびだし、解説付き琵琶湖ツアーで安土城、彦根城、賤ヶ岳、坂本城と琵琶湖を回ってきました。そのあとも仕事先への移動途中で、本能寺、高槻城、勝龍寺、亀岡城、高野山などをみる機会があり、歴史的知識が乏しい私でも、この場所から次にこうなって、こんな事が?!と、話がつながってきて面白かったのです。

出典:ファンファン福岡

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vol.10 私が体操のお姉さんに?   いまのNHK大河ドラマ、私も軍師官兵衛を楽しみに見ています 。   福岡市博物館で開催中の「軍師 官兵衛展」で、福岡市博物館学芸員 堀本一繁さんによる「軍師官兵衛の生涯」の講演を聞いてきました。堀本さんの講演は、いま引っ張りだこの状態「至る所で講演しています。今日は本拠地での講演のため気合いが入り、資料がつい多くなりました」と始まり時間をおしてのお話でしたが、これが面白い!!その中のお話をご紹介します。   軍師ときくと策略家のようで、光秀に信長がうたれた際に、落ち込む秀吉に今こそ天下を取るべきと話すあたりなど、一見ダーティーなイメージもありますが、実は官兵衛さんはそうではない。 讃文(本人を讃える文書が肖像画の上に書かれている)にもあるように、武人、文化人、禅にもたけていたといわれていました。

出典:ファンファン福岡

さて日本の名刀と呼ばれる刀を所蔵しているのは、将軍御三家以外には加賀の前田や黒田だそうです。   官兵衛は、織田信長に使者となり30歳のとき会いに行き、国宝 刀 「圧切(へしきり)長谷部」長谷部国重作を譲り受けます。

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この刀は気性の激しい織田信長にまつわる名刀で、無礼を働いた茶坊主が棚の下に隠れたのを、信長は棚ごと茶坊主を「圧(へ)し切った」刀。通常の刀はひいて切るものだが、刺してゴリっとおしただけで切れたとか。そのような名刀を、惜しげもなく渡したのは、まだどこの馬の骨ともまだわからぬ官兵衛の話に、可能性を感じ(その場にあったであろう)名刀を渡したのでは…。   また今回の展示では、同じく譲り受けた、国宝の刀 日光一文字も展示されていて、両方が一度に見られる事はなかなかないとのこと。

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ちなみに刀を見るのは、次の3点だそうです。 ①姿形 反りがあまりない。 ②鍛錬 叩いて鉄を折り曲げてのばしてしてると折り重なるのがみえる。 ③刃文 折れず曲がらずよく切れる   カラダを鍛錬すると言いますが、(今の季節ならラジオ体操で鍛錬などいうけど)刀をつくる用語だったんですね。   刀とくれば槍で、もうひとつ。 ♪酒は~のめ~のめ~の~む~ならば~ 黒田節のモデルになったのは、 伏見で福島正則から譲り受けた母里太兵衛の日の本一の槍(日本号)。

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いま、密かに、もこみち槍とも呼ばれているらしいですが 笑 →(収録で、酒は飲め飲めと速水もこみちさんが飲むのは、この時代は日本酒はなく、まだどぶろくの時代。どぶろくはカルピスなのかな 笑)またこの槍を岡田准一さん本人が「番組で使いたい。貸して欲しい」と直接、電話がかかってきたとか・・・そう思って見ると番組もまた楽しみです。   ただこの槍は福岡から出す事ができない(脆くなっており、ちょっとした衝撃でこわれるとのこと)とのこと。 だからなおの事、これは必見です!!この槍の裏が見る事ができるのは、今回の展示で初!裏がなぜ重要?堀本さん曰く   「この槍の握り手が、キラキラ光るあまりに立派な螺鈿細工だったため、これは飾りとしての槍?と思う方がいらっしゃいますが、握り手の部分をよく見ると一部変色していて、これは実際に握って使っていた事です。また槍の裏には敵の刃をうけたうちこみ疵がみえます。」(今回は両面展示だからこそ、初めて見られる!!)きゃ〜〜これはチェックせねば〜   おまけ話で、黒田長政役の松坂桃李さんのサインもあるそうです。 学芸員の堀本さんが、来館された松坂さんに機転でサインを書いてもらったとの事ですが、なんだか、違う意味でもまた楽しめそうです。 もう〜〜講演をきき、関係書籍を読みながら、番組をみるのに、その土地を訪れるのにワクワクしています。

出典:ファンファン福岡

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私が、官兵衛の生き方として心に残った事は、「先をみる」という事でした。   「上様(秀吉)や関白様(秀次)を一大事におもえば、神に祈ることは不要」の言葉を残しています。キリシタンでも一時あったものの、長政の力量で家を続けるには神に祈るだけではダメ。先をみて戦略をたてていく事が大事ということなのかと思いました。   中国大返しの際に、あのように早く帰れたのは(備中国高松城から山城国山崎までの距離は約200km)官兵衛の策。秀吉の居城・姫路城まで、帰路に沿っての松明や炊き出し、替え馬・渡し舟などを手配、徹底させ、織田家配下の武将たちが光秀側につかないように「信長は生きている」との情報を流すのです。経営者の姿勢を学べます。   また官兵衛の辞世の句が、響きました。 「思いおこす言の葉なくてついに行く、道は迷わじ なるにまかせて」

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生涯戦いだったこの時代の中、先を見通し、戦略を練ってきた黒田官兵衛は、そのとき戦国の流れがひとつ落ち着いたことを考えたのであろうといわれているそうです。   「何事もなるにまかする」 これは元々の力の上に、研ぎ澄まされてきた感性だからこそ言えるもの。   私も自分が、先を考える力を磨いていかねばとおもいました。小さくとも経営者、子ども達もスタッフも行き場を失います。講演を聴きながら、やがてそう思える人生を私も歩んでいきたいと思います。   博多の再興のまちわりをしたのも、官兵衛だそうです。聖福寺が、中世の博多のメインストリートだったとか。ちなみにバテレン禁止令はなんと筥崎宮でだされたものだそうです。教科書で覚えたような出来事がすぐそばであったとは?!全く知りませんでした。   さてNHKの大河ドラマは、福岡はいつでてくるの?と気になるところ(実際に住むのは、関ヶ原あとらしいのですが)いまから九州が舞台になってきます。この筥崎宮もいつ出てくるのか、この先楽しみです。   そして実は、私たちも官兵衛さんに助けられました。MIKIファニットでは自然体験のキャンプを行っていますがその中で・・この話はまた次回。   将来グローバルな活躍をする子ども達だからこそ、日本のこと地元のことも知っててほしいもの・・・福岡市博物館では福岡、日本、アジアと遊び感覚で楽しく学べます。私もうちの子ども達が小さな頃、近所に住んでいた事もあって、図書館とともに、ほんとうによく入り浸っていました。「学ぶことが面白い!」といおもう子に育ってもらいたいと願っています。   「道は迷わじ なるにまかせて」軍師官兵衛に学ぶ よかったら、読んだよの方、♡をポチッとおねがいします

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※展覧会会場内の写真は西日本新聞社撮影 https://fanfunfukuoka.com/town/11700/【火曜サスペンスMIKI劇場は、毎週火曜日午後10時更新です】

※情報は2014.8.12時点のものです

出典:なまはげみき

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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