学童保育 小学生との戦いから学んだもの~#89

1982年1月21日、午後3時26分 この世に生まれ…早33年。 2014年1月31日、午後1時8分 娘が生まれ…パパとなる。 そんな新米パパとなった私やのっちが綴るユルめの子育てコラム。   前回「どう子育て関係に関わってきたのか??」 営業を辞めてからの子ども達の為に活動し出すまでの日々の話!!   1年に1回の保育士試験にかけた日々。 1年目は2科目で不合格・2年目は1問間違えたせいで1科目不合格… 独学の勉強にかけて2年間がここで終わりました。 また一から1科目だけの為に、勉強するという落ちたモチベーションと、いい歳で資格勉強しながらのアルバイト生活という非社会的環境が私を苦しめていました。

出典:ファンファン福岡

しかしそんな資格取得の3年目の春先… 縁があって、地元の「学童保育」での仕事ができるようになりました。 アルバイトと同じ感じでしたが、ここで働くことができたことは私の人生で大きいです!! そもそも聞きなれた言葉でもある「学童」 正式には「学童保育」と言われますが、こういうものです。   学童保育(がくどうほいく)とは、主に日中保護者が家庭にいない小学生児童(=学童)に対して、授業の終了後に適切な遊びや生活の場を与えて、児童の健全な育成を図る保育事業の通称である。法律上の正式名称は「放課後児童健全育成事業」で、厚生労働省が所管する。事業を実施する施設は「学童クラブ」「放課後(児童)クラブ」「学童保育所」等と呼ばれるが、自治体や設置者によって名称が異なる。略称は「学童」。(wikipedia引用)

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そう、小学校の授業が終わっても家には保護者が仕事などでまだいない為に… 学童で夕方から過ごす場所である。   近年、両親ともども働いていたり、核家族化も広がり…この学童保育は広がりを見せています。大体の小学校には配置されています。その意義などは徐々に高まり、自治体や行政だけではなく企業や塾が開いたりして、様々な学童のタイプが生まれています。   そんな学童に私がお世話になり始めたのは… 保育士試験の2年目が不合格となり、いざ3年目の春を迎える頃 2007年3月~2008年3月の約1年間でした。(もう既に8年前wwやべ) その学童は地域でもマンモス校の学童で、小1~6年まで男女70人近くいた学童でした。平日は勿論、下校後からお迎えが来るまで…そして何よりハードだったのは長期休み(春・夏・冬休み)は、朝から夕方までのフル1日でした!!

出典:ファンファン福岡

当時の私は、その2年間…もう勉強かアルバイトのインドア生活で、運動なんてもっての外でした><   しかしながら働きだした初日から洗礼を浴びます。 そう…学童の指導者っていうところも、なかなか若い男の人が少ない世界。 まして私が働き始めて学童においては…初の男性指導者でしたww   だから、子どもたちがいつものように学童に帰ってくると… そこに私がいるわけです。私は緊張でしたが、子ども達にとっては興味の的!!   「え??誰??」「先生??今日から??」「何歳??」 「っていうか、、、遊ぼうよーーーー!!」となるんですww 特に元気な2・3年生の男の子たちにとっては格好の獲物!! もうかけっこしたりサッカーしたり背中に乗られたり追いかけまわされたり… それはそれは今でも付いていけないぐらいに嬉しいハードな歓迎を受けました。   もうその日の身体の痛みはハンパではありませんでした!!

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そんな感じに…大人の私の緊張なんて関係なく、子ども達はフラットに私を受け入れてくれ、小学生との日々が始まりました。   学校でもなければ、家でもない。しかしそこには1~6年という異年齢の関係があり… 施設の制限もある(学校に隣接した学童ではなかったので)し、そこに私たち学校の先生ではないけれど、「学童の先生」がいる。決まりもあるし、宿題も教える。しかし遊びは遊びで大切なこと。遊びに夢中でもいけないし、指導者的に一人の子どもばかりに関わってもいけない。全体も見ながら、お迎えを確認したり、外や中での活動を見ていくなどなど…その仕事内容も多様でした。

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実際に保育士という仕事になろうと決めてから…この仕事に就くまで、幼児だろうが児童だろうが子ども達と直接関わることが全くなかった私にとって、ここでの小学生との関わりは刺激もあり、色々なことを感じたり学ぶことが出来ました。   先生という位置からの関わり方や注意の仕方 あまり大人目線から言ったり、子どもだからっていって子ども扱いすれば… 逆に言い返され、私自身が痛い目に合うことや反省することも多々ありました。   また低学年ならまだ「遊び」での関わりで受け入れてくれるのですが… 5・6年生の高学年となれば、そうは簡単ではなく、よく衝突していました。 特に当時の6年生の男の子とは、本気の口げんかをしたものです(指導です。) まさに毎日が戦いでしたww

出典:ファンファン福岡

そこで子どもたちとの関わりの難しさを知り、それが「やりがい」に変わり… 子どもたちとのぶつかりが、それ以降の「信頼」へと変わったりもしました。 たかが夕方の学童保育という時間でしたが、 その異年齢集まる集団生活の中で、子どもたちの成長とその姿は、私に喜びにも似た感覚を与えてくれました。 「こうも子どもたちの姿って…いいんだ!」と気付かされました。 より一層、子どもと関わる仕事がしたいと思いました。   そんな充実した日々の中、落ちたモチベーションは子どもたちのおかげで復活し… あっという間に試験となり、なんだか過去2年よりも軽い気持ち(学童で考えることが多々あったせい)で臨むことができ、3年目でやっと残り1科目合格となり…その勢いのまま実技試験(ピアノ・歌唱・絵画)まで突破し、無事に「保育士資格」を取得!!   いや~長かったww丸3年かかりました!!

出典:ファンファン福岡

しかし資格を取った余韻もなく、日々学童で忙しく、それでいて小学生との戦いの日々が面白く楽しい日々を過ごしていました。   約1年働いた中で… 多くのことを学ばせてもらった学童ともお別れとなりました。   今思えば、私の人生において職場を辞めるとか去るという時に泣いたのはこの学童の時が唯一です。   そしてその後、また縁があり…いよいよ次の4月から夢の「保育士」として働くことになりました。 だが…そうは甘い世界は待ってなく、夢と現実で戸惑う日々が待っていました。   やのっちパパ ⇒#90「保育士という仕事の夢と現実の挟間」につづく。  

※情報は2015.11.24時点のものです

出典:やのっちパパ

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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