クラシック流れるラーメン店「ラーメン屋のせがれ」第11回

 今回は、両親の営むラーメン屋が営業中店内で流していた音楽の話を書きます。

 みなさんは、飲食店のBGMにはどんな曲が良いと思いますか。色々な好みがあると思いますが、お店の性格によっても違ってくるでしょう。高級なフランス料理ならクラシック、パブなら洋楽のヒット曲、おじさんが集う居酒屋なら演歌、インド料理ならインド音楽、寿司や天ぷらの場合は「音無し」がしっくり来るのでは。

 うちの店では、なんと場違いなことに、やめるまでの30年以上は有線放送のクラシック音楽のチャンネルに固定し、クラシックを流し続けたのです。小さなカウンターだけのとんこつラーメン屋がですよ。飛び込みで初めて入ったお客さんは面食らったことと思います(麺も食らったでしょうが)。

 店を始めた50年近く前、女性アイドル歌手で人気を博していたのが、森昌子、桜田淳子、山口百恵の「中三トリオ」(デビュー時)でした。百恵さんは他の二人の明るさとは違う、翳りのあるカリスマ性を発揮していました。男性歌手では、野口五郎、郷ひろみ、西城秀樹の「御三家」。まだ、ジャニーズ全盛ではなかった頃です。郷さんはジャニーズ事務所でデビューしましたが、早々に移籍しました。

 まあ、世の中歌謡曲全盛時代だったので、店内では歌謡曲を流していました。「大阪有線(放送社)」という会社と契約してました。今でいう「サブスク」みたいなもので、月間の定額を支払えば、歌謡曲だけでなく洋楽(当時はポピュラーという言い方が多かった)や歌無しのインストルメンタルなど色んな種類の音楽のチャンネルが楽しめて、少し感動したものです。大阪有線は今「USEN」になって誰もが名前を知る会社になりました。

 似てないのでわからんでしょうが、↑これは永ちゃん率いるキャロルの絵です。レコード持ってないので、肖像権に引っかからんよう、色鉛筆で描きました。この頃活躍してました。バイクに乗ったりとか勢いのある若者中心に人気でした。店の有線でもよくかかったと思います。

 これはちょっと後で出てきた河合奈保子ですが、今では考えられんくらいアイドルのシングル盤が売れてました。有線放送というと、演歌イメージが強いですが、若い人向けの曲もよくかかったんです。

 俳優の薬師丸ひろ子は歌も売れてました。今の人は有線放送の曲がかかるしくみを知らないと思うので、説明すると、お店の電話から有線の会社にかけて、「〇〇をかけて下さい」とお願いすると、数分後に頼んだ曲がかかるんです。大体十円の電話代は店が払ってたことになります。

 その後、ニューミュージックという今考えると漠然としたジャンルが出てきて、近年海外でも人気の「シティポップ」とかにも発展していって、ヒットしていました。

 話がだいぶ逸れましたが、店を始めて十年経つか経たんかくらいの頃、いつの間にか有線のチャンネルがクラシックになり、よくいえば庶民的な空間に違和感を醸し出していました。

 そんなことになっていたのですが、しばらく店に行く機会がなかった私は知りませんでした。久しぶりに店に行ったときも最初気づかなかったのは、クラシックといっても、ベートーベンの「運命」とかインパクトのある曲じゃなくて、サラサラ流れるBGMっぽい曲ばかりだったので、やり過ごしていたのでしょう。

 音楽が変わっているなあ、とある日ようやく気がついて、家で父に「何でクラシックやら流しよるん?」とききました。両親がクラシックに興味があるとは全く思えなかったし。聴いている姿を見たことも聞いたこともなかったんで。

 すると、父は「あげんしとったら、ガラの悪いんが来んくなるとよ」と即答。「(クラシックが流れると)なんか気色悪くて居心地が悪くなるんやろうね」と付け加えました。

 私はあんまり店を手伝っていなかったので、よく知りませんでしたが、年齢問わず血気盛んな、今でいう「ヤンチャ」なお客さんもけっこうな比率で来られてて、ときにはささいなことで「きさん、表に出らんや」「おう、上等たい」的な小競り合いが起こり、穏やかな他のお客さんが眉をひそめるようなこともあったようです。最近は「ツッパリ」という言葉も死語となり、いかにも暴れん坊な人の姿をあまり目にしなくなりました。みなさんお行儀が良くて安心です。ほんと今は昔。

 とにかく、流す音楽の種類を変えたことでうちのラーメン屋が「荒くれ者」がシノギをけずる西部劇のカウンターから、「紳士淑女」が静かに麺をすする社交場に1ミリ程度近づいた、らしいのでした。

 会社の同僚とかそれ以外の友だちとかお店にお連れしてうちのラーメンを食べてもらった人は沢山いましたが、クラシックが流れていることを気づいたり、指摘した人は誰もいませんでした。気に入って常連になってくれた先輩にそのことを教えましたが、「え、そやったっけ」と気の抜けた返事。

 みなさん、ラーメン食べるときは集中して周囲のことに気が回らんもんなのでしょうか。

 また話が逸れます。会社の後輩が子どもの時分、限られた小遣いでLPレコードを1枚だけ買うのに、横浜銀蝿の「仏恥義理(ぶっちぎり)」かYMOの「ソリッド・ステイト・サバイバー」かで真剣に悩んだそうです。いわゆる「不良」の音楽と、大ざっぱにいえば「優等生」あるいは「オタク」の音楽という究極の二者択一がユニークです。どっちを買ったのか、聞いたけど忘れました。

 YMOは当時最先端の技を駆使した高度で複雑な音楽ですが、親しみやすさもあり、あちこちのBGMに使われました。でも、街のラーメン屋では、銀蝿の方が合いそうですね。単車で夜通しひとっ走りの前に「横須賀Baby」とかかかると、気分が上がることでしょう。

 どんどん話が逸れたついでに、「不良文化」花盛りの時代に、「なめ猫」というツッパリの猫キャラもちょいとはやりました。又吉&なめんなよバンドの「なめんなよ」という曲も少しだけヒットしました。こういう曲も、当時のうちの店では流れなかったはずです。

 「ガラの悪い客が寄りつかなくなる」(父)というクラシックは別にして、ラーメン屋で流すBGMはどんなのが良いのでしょうか。昔であれば、洋楽のヒット曲というのもあったかもしれませんが、やはり日本の大衆は日本語で歌う曲が好きです。東京とか都会では多少事情が変わるかもしれませんが、基本的には人気は9:1くらいで日本語の歌の勝ちでしょう。さらに昔は、「ホテル・カリフォルニア」とか「ダンシング・クイーン」とかパチンコ屋でもボウリング場でもどこに行こうが流れていて、全く興味のないおじいさんおばあさんでも一度は聴いたことのある英語の曲ってのがあったと思いますが、今はあると思えないので(もしあるとすれば、BTSのDynamiteかも)、なおさらBGMとして使うのに洋楽は弱いと思われます。

 テレビのグルメ取材とかで見かけるカフェのような外観、内装のおしゃれなラーメン店では、ボサノバとか小洒落た音楽もいいかもしれませんが、あくまでお店の個性による例外かと。

 二十年くらい前からお店を暗くしてジャズを流す今風なお店もけっこうあります。あくまで私個人の感想、意見なので怒らないで欲しいのですが、あんましなじめません。自分がジャズにあまり興味が無いこともありますが、(大方)若いお店の店長さんとかがジャズが好きでかけているように見えないんです(※本当にジャズが好きなお店の人にはごめんなさい、です)。繁盛して続いているお店も多いので、立派であります。

 「魔除け」のクラシックは置いといて、ラーメン屋のBGMは、潔く今のはやり歌をかけるか、それに抵抗があるなら、「何も音楽はかけない」のが私の好みです。

 生意気申しました。これで失礼いたします。

(つづく)

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ラーメン屋のせがれ⑩「”家業”を”事業”に変えた一風堂」 脱サラで始めた父親のラーメン屋は、”小商い”のまんまで終わりましたが、常連さんに愛され、43年間も営業できたことは誇りに思います。10年続くお店ってほとんどないらしいですから。私の妹が中学生の頃だったでしょうか、家族団らんの場で父が、「ラーメン屋で何とか食っていけるようになってからはストレスがほとんど無い。台風が来て看板が飛ばされんかいな、とか心配ごとはそれぐらい」としみじみ言いました。そして、「会社を辞めて良かったけど、〇〇(妹の名前)の結婚式のときにラーメン屋の親父と紹介されるのは、ちょっといやだなあ」と、続けました。

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米国の本家と同い年のシニアブロガー。毎晩長いときは30分に及ぶ歯磨きを欠かさない。最近覚えたメルカリへの出品にはまっている。
17年乗った作業用の軽トラックをカッコいいカーキ色の新車に買い替えた。

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