福岡グルメ小説“N氏の晩餐”/西新「真純家」の鳥料理とワインのマリアージュ

東京の本社から創始者の会長が福岡支社を訪ねてくるという急な連絡があったのは訪問予定日の五日前のこと。支社長をはじめとする役員、管理職の面々が色めき立った。 空港到着後のお迎えから社内での業務説明、昼食の手配、午後の市内観光案内、夜のおもてなしまで、一大プロジェクトといった感で事が進み、社内から集められたプロジェクトチームになぜか私も入っていて、土日返上不眠不休のプランニングの末、当日を迎えることになった。

出典:ファンファン福岡

会長を乗せたハイヤーがわが支社に到着。社員全員が玄関に整列して迎える。 支社長室に入っていった会長。10分も経たないうちに出てきてすたすたと玄関から出ていく。 見送った支社長が呆然とした表情でつぶやく。 「会長、これから博多座に歌舞伎を見に行かれるそうだ。それが目的だったんだよ…。」 落胆する支社長。拍子抜けするプロジェクトメンバー。私の五日間を返して! そんなことを思っていると、手に持っていたスマホが音を立てて震えた。 画面を見ると、私のアフターファイブの救世主“N氏”からの着信だった。

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翌週火曜の午後七時十分前、私は西新・脇山口のバス停前の小さなビルの2階 。「M」という店のカウンターに座っていた。 看板に「焼き鳥」という文字があったので、一般的な焼鳥屋さんをイメージしながら階段を上って扉を開けると、店内はまるで“ビストロ”の雰囲気。カウンター8席と4人掛けのテーブル2席、6人掛けのテーブル1席のこじんまりしたお店。ご夫婦と思われるマスターとマダム、サポートの若い男性の3人で切り盛りしている。

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いつもN氏に先を越されるので、今日は早めに到着してカウンターで待っていると、風貌的には“マスター”というより“大将”という感じの陽気なオーナーが私とN氏の関係を根掘り葉掘り聞いてくる。 適当に流していると、入り口の扉が開き、N氏が登場。たちまち“大将”の顔が“マスター”に戻る。

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ソムリエのマダムが選んでくれたスパークリングで乾杯。 前菜替わりに注文した「ササミのカルパッチョ」は塩加減が絶妙。ササミの甘みを最大限に引き立てている。マスターに尋ねると、その旨味のもとは「塩麹」だそう。いい仕事をしている。

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続いて本命の焼き鳥。厨房を見ると、マスターがその場で串を打っている。 きも、四つ身、砂ずり、つくね、はつ、手羽先…。 絶妙の火の通し加減で供されるめくるめく絶品焼き鳥の数々。もはや芸術品の域に達している。

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焼き鳥コースの締めを飾る地鶏の炭火焼きをつまみながら交わすN氏とのたわいのない会話。 気がつけばスパークリングを空けて二本目に頼んだ赤ワインの瓶が半分になっている。

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「西新恐るべし…。」 思わず私がそうつぶやくと、口元に微笑を浮かべたN氏の向こうで、マスターが親指を立てて満面の笑みを浮かべている。 この街にはあとどれくらい私の知らない名店があるんだろう…。 ほろ酔い加減の夢見心地でそんなことを思いながら、私はワイングラスに映る窓の外の風景をぼんやりと眺めていた。

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