経済ジャーナリストで、まちづくりなどに深い関心がある神崎 公一郎さんが、「天神ビッグバン」を読み解いていくシリーズ。 「天神ビッグバン」では、建替目標を30棟としているなか、現在、着実にプロジェクトが進行しています。コロナ禍で世の中に不透明感は漂っていますが、九州・アジアの中で国際競争力のある個性を持った都心部の再生に向けて、着実に歩みを進めているのです。
遊びのあるデザイン、高い免震性やハイスペックでグローバル企業を呼び込む
福岡市中央区の天神交差点近くで、日ごとに鉄骨が積みあがっている。天神ビッグバンの第1号プロジェクトである「天神ビジネスセンター(仮称)」の建設工事が、来年2021年9月竣工を目指して進んでいる。
同プロジェクトの事業者である福岡地所(福岡市)の榎本一郎社長は2020年念頭にあたり、「我々は(天神ビッグバンの)先鋒役だと思っている」と地元誌のインタビューに意気込みを語っている。完成後のビルは地下2階・地上19階・塔屋2階で、高さは約89m。延べ床面積約6万1,000㎡、総貸付面積は3万3,000㎡超を有する天神エリア最大級のオフィスビルとなる。 福岡市と同社などが共同で運営にあたる創業支援施設「FUKUOKA growth next」は、創業支援と雇用創出に力を入れている。起業家やスタートアップ企業を育てながら、新たに生まれる天神地区のオフィスに導くとともに、クリエイティブなグローバル企業も呼び込む。これまで大都市圏に流出していた才能ある若者が地元に定着すれば、まち全体の活力につながるとみている。 同ビルは、地元出身の世界的な建築家、重松象平氏による斬新なデザインで、一面ガラス張り。明治通りと因幡町通りの交差部は上層階から低層階に向けピクセル状に削ることで、オープンスペースを創り出し、東側の交差部は上層階が削れるデザインとなっている。
天神に、「アジアと福岡・九州の創造交差点」をつくる
「天神ビジネスセンター(仮称)」西隣の天神交差点では、西日本鉄道(福岡市)の「福ビル街区建替プロジェクト」が動き出した。福岡ビル、天神コアビル、天神第一名店ビルを含む街区で、渡辺通りに面して幅約100m、奥行き約80mの長方形の敷地に巨大ビルが建設される。既に福岡ビルは解体工事中で、2024年3月竣工、同年夏のオープンを目指している。 敷地約8,600㎡に、完成後のビルは地下4階・地上19階・塔屋1階で、高さは約96m。延べ床面積約13万8,000㎡、オフィスフロアの基準階面積は約4,300㎡と西日本最大規模となる。地下2階から地上4階は商業エリア、5・6階には天神交差点を一望できるスカイロビーを設ける。8階から17階までが賃貸オフィス、18・19階にはクリエイティブワーカーや外資系ワーカー対象のハイクオリティホテルが入る計画となっている。 外観は全面ガラス張りで、日本の伝統的な格子柄や西鉄電車のレールから発想を得た鉄の素材感を組み合わせたデザインとする考えだ。
開発コンセプトは、『創造交差点 meets different ideas』。ヒト・モノ・情報の交差によって、常に新しいビジネスと文化を生み出し、新しい街のブランドを示す。それによって、天神を「来街者とワーカーが自ら主体となって新しい価値の創造と文化を楽しむまち」に変革させるとしている。
天神通線の延伸とあわせた天神1丁目北ブロックのまちづくり
福岡市役所前の都市計画道路「天神通線」の延伸事業とともに、明治通りと昭和通り間にある日本生命福岡ビルと積水ハウス(大阪市)所有の福岡三栄ビルを含む、天神1丁目北ブロック(14番街区)の地区計画が検討されている。 14番街区側の天神通線の歩道機能を、今回の地区計画において、民有地をセットバックし歩行者用通路2mとして確保。明治通りと昭和通り間の約110mの一方通行の市道(幅4m)を4車線の都市計画道路(幅20m)として都市計画決定する。 同街区は、航空法の高さ制限が最大で92mまでに緩和された。天神通線に面する新ビル東側の高さ10m(3階部分に相当)までをコリドー式(注1)にすることも可能となり、幅8mの歩行エリアを確保する計画となっている。 (注1)コリドーとは、建築用語で建物や中庭を取り囲むように造られた「回廊」を意味する。 天神通線の北側の延伸は9月に都市計画決定が予定されており、南側の約190mの延伸事業と合わせ、天神通線(全長約660m)開通へ動き出す。昭和通り北側の日本銀行福岡支店もすでに建て替え工事が終わり、西側へセットバックしている。天神を南北に貫く渡辺通りの迂回路によって、慢性的な渋滞緩和が期待される。
天神ビッグバンで30棟の建て替え目標に、41棟が建築確認申請
明治通り南側を渡辺通り西側方向に目を転じると、福岡パルコ本館・新館に隣接する不動産大手ヒューリック(東京)が所有するヒューリック福岡ビル(敷地約1450㎡)も天神ビッグバンの期限となる2024年末までの建て替えを目指す。
同再開発エリアは、高さ最大115mまで活用でき、容積率も最大1,300%まで緩和される。建て替えにあたっては、明治通りに沿って地下に約150mのバリアフリー化した通路を新設し、再開発エリアの東西の角地には地上と地下に約100㎡の広場を設ける。 福岡市は、天神ビッグバンで「2024年末までにビル30棟の建て替え」目標を掲げているが、ビッグバン開始時の2015年2月から2019年8月までの建築確認申請数は41棟に上っている。
「グランドデザイン2009」が天神のまちづくりのベース
天神明治通り地区のまちづくりのベースにあるのは、同地区の地権者で組織する「天神明治通り街づくり協議会」(MDC)が、約20年後の街のあるべき姿を具体化した「グランドデザイン2009」である。 福岡市が掲げる「九州・アジア新時代の交流拠点」という都市像を踏まえ、「アジアで最も創造的なビジネス街を目指す」という理念のもとに、街で働く人々の潜在力を引き出し、世界中からの人材を引きつけ、新しい文化と産業を生み続けるビジネス街をつくることを目標とした。 経済のシステムが、創造性を経済発展の中核的な資源とする創造経済(Creative Economy)へと移りつつある状況下で、国際的な都市間競争を生き抜くためには新しい経済の担い手として、科学者やエンジニア、デザイナー、教育者、アーティストに注目。彼らが好んで居住する都市・地域が経済的パフォーマンスに優れている、と言われているのだ。 MDCの事務局で、グランドデザインづくりに取り組んだリージョンワークス合同会社代表社員の後藤太一さんは、将来像について、こう振り返る。 後藤さん: 「建物そのものより、建物の中で行われるビジネスなどの活動の具体的なイメージを議論して共有することを意識した。単純な企業誘致ではなく、時代に合った業種や業態を意識して『創造的な』という言葉にまとまったと記憶しています。」
「アジアで国際競争力のある個性を持った都心部の再生」に向けて、ガイドラインを作成しビジネス強化と都心部の魅力づくりを育成・リードする機能の導入に努めることにした。 これが都市計画天神明治通り地区計画の下敷きとなっており、具体的には地上低層部から地下レベルを中心に、「街の共用部」として、都心機能を強化し国際競争力を高めるため、アジアビジネス、創業支援、文化、情報発信、観光などの機能の導入に努めることを盛り込んでいる。 都心部の魅力づくりは、建築物の地上2階から3階の間の分節や低層部の可視化、沿道の緑化などを求めた。低層部および地下階の快適な歩行者空間を創出するため、敷地内の歩行者通路等を設けることを原則とし、再開発ビルの角には地上部と地下部に広場が設置される。エリアの顔として、天神交差点をランドマークとなる建物デザインによる景観の形成も必要だろう。 後藤さん MDCの活動が天神ビッグバンによってステージが引き上げられ、地域内外から投資されるようになったことは前向きにとらえられると思います。 オフィスやホテル、商業施設の先行きは見えにくい部分もあるが、将来像に修正を加えながら、個性のある都心部の再生に、期待は膨らむ。 文=神崎 公一郎