福岡のバーに通い続けて40年を超える Johnnie Walkerさんが、福岡のBarを紹介していくシリーズ。 バーテンダーと言ったら、ついつい男性をイメージしがちです。しかし、バーテンダーという言葉は、ドクターと同じく、性別を問いません。ホテルも街場のBARでも、男性に伍して女性が活躍している時代に、ことさら女性バーテンダーと言うのは時代遅れの感もしますが、今夜は、その中でもオーナーバーテンダーの店にお連れします――。
Bar Elgar(バーエルガー)
日本を代表するバーテンダーを見習い、進化を続ける
福岡市・天神の奥座敷である西中洲は、那珂川をはさんで歓楽街・中洲と向かい合う。隠れ家的な店が多い落ち着いた大人の街である。ドアを開けると、フクロウのステンドグラスが迎えてくれる。
店内には、バックバー、カウンターのランプシェード、コーナーにもステンドグラスが置かれ、さながらショールームのようでもある。オーナーの井上美紀さんも手ほどきを受けている工房の作である。中庭の黒い壁面の壁を水が伝い、窓ガラスに映るステンドグラスの灯りが浮かぶ。
最初の一杯は、ジンをウオッカに置き換えて、ウオッカリッキー(注1)でのどを潤す。炭酸がのどを刺激する。2杯目をお任せにしたら、「疲労回復」をテーマにしたというカクテル「Dr.M」(ドクター・エム)が登場。4種類の薬草リキュール(注2)とライムジュースをシェイクしてロックグラスに注ぐ。薬草の苦みやクセがそれほど気にならない。何となく身体にも良さげに思えてくる。
(注1)「リッキー」とは、スピリッツにライムの果肉とソーダを加えてつくるカクテルのスタイル。マドラーでライムを好みの味加減につぶして楽しむ。 (注2)苦みたっぷりのウンダーベルグ、穏やかな甘さのイエーガー・マイスター(以上、ドイツ)、ほろ苦いチナール(イタリア)、オレンジの香りのアメール・ピコン(フランス) ウンダーベルグは若いころ、二日酔いしないからと勧められ、レモンジュースや炭酸で割って飲んだことがあったが、こんなに飲みやすくはなかった。「Dr.M」の「M」とは、日本を代表するバーテンダーの一人、毛利隆雄氏のことで、毛利氏オリジナルのカクテル。井上さんは毛利さんの弟子である。
井上さん 毛利さんはお酒の組み合わせの感覚がすごい。そして自分のマティーニのためにジンまで作る。毛利マティーニは理想を求めて進化しています。その変化を私もキャッチしながら提供していかないと、師匠に恥をかかせるのではないか。お客さまに古いものを出しては申し訳ない。 そんな気持ちで、今なお、師匠のもとをたまに研修に訪れる。最近、日本バーテンダー協会(N.B.A.)のオフィシャルカクテルブックを読み返してみたら、100年、150年前から世界中に名前を残しているカクテルが色々とあることに気づき、作ってみた。 井上さん 世界中のバーテンダーが作っている今も昔も変わらないスタンダードカクテルと、特定のバーテンダーならではのオリジナルカクテルの両方を楽しんでいただけることを目指したいですね。 クラシックのファンで、店名は「威風堂々」や「エニグマ変奏曲」などで知られる英国の作曲家、エドワード・エルガーから。ヨーロッパには国際バーテンダー協会の世界大会で知り合ったバーテンダーも多く、海外旅行はクラシックの盛んなオーストリアやドイツからスタートした。開店時間は16時と、福岡では珍しく早い時間から営業している。
Bar Elgar
■TEL:092-714-6070 ■住:福岡市中央区西中洲3-20 LANEラウンドビル1階 ■営:16:00~23:00 ■休:日祝日 ■席:22席 ■カード:可 ■喫煙:禁 ■チャージ:1,000円
café TIGER(カフェ タイガー)
笑顔の絶えない、美味しいバーを目指す
中洲大通りの一筋東側の狭い通りにある第3タワ-ビル1階。大きな料飲ビルを想像して歩いていたら、通り過ぎてしまう。虎をあしらった「café TIGER」のサインも、うっかりしていたら見落としてしまいそうだ。店名の「TIGER」は、「フランス語のしゃれた名前より、動物を見て分かりやすい名前にしたかった」。猫好きというオーナーの野見山若葉さんはニッコリ。
日本バーテンダー協会(N.B.A.)の大会で入賞するような女性バーテンダーの草分けは、現在の60代と言う。二回りほど年下の野見山さんがバーテンダーを目指していたころ、女性のバーテンダーは天神・親不孝通りあたりのカジュアルバーで、見かける程度であった。女性のバーテンダーやソムリエは次第に増えていったが、中洲のオーセンティックなバーではまだ稀だった。今では、ホテルも街場のBARもバーテンダーの男女比はほぼ半々だ。 1杯目は、ラムベースでグレープフルーツにトニックウオーターで満たした「ソルクバーノ」、2杯目が「コート・ダジュール」。ライチリキュールのDITA(ディタ)とブルーキュラソー、薬草系のリキュールSUZE(スーズ)をシェイクする。ブルーキュラソーのブルーがあざやかで、ライチの香りが立つ。どのリキュールもアルコール度数が20度前後で、ライト志向のショートカクテル。
野見山さんが心掛けているのは、「2杯目が欲しくなるほど飲みやすくて、お代わりしたくなる」ようなカクテル。そのための秘訣は、アルコール感を出さないこと。そして、「お代わりをもらうとバーテンダーも嬉しい」のだそうだ。 馴染みのお客とのやり取りをはたで見ていたら、まるで掛け合い漫才のよう。お客と楽しい会話を交わし、そこから役立つ話も抜け目なく聞きだす。 野見山さん: 「私自身の世界観が広がりますし、他のお客さまと話すときのきっかけにもなります。」 野見山さんが目指すのは、「笑顔の絶えない美味しいバー」なのである。
café TAIGER
■TEL:092-262-6266 ■住:福岡市博多区中洲2-7-5 第3タワービル1階 ■営:19:00~翌4:00 ■休:日祝日(連休は最終日休) ■席:12席 ■カード:可 ■喫煙:可 ■チャージ:なし
BAR SEBEK(バー セベク)
福岡のBAR文化を盛り上げようと、バーテンダーの道を究める
中洲大通りの一筋西側の人形町通りと那珂川沿いの通りとの間にあるT字型の酒場通り。昭和の匂いが残るその一帯が「人形小路」と呼ばれ、隠れ家的な店が軒を並べている。その一角に、黒地に「ワニとSEBEK」の白抜きのサインが浮き上がる。
カウンター6席に6人掛けのボックス席という“小箱”の店。かつて、寿司屋の大将から、カウンター6席が理想の店と聞いたことがある。一人ひとりの客の顔を見て会話を交わし、食事の進み具合を確認しながら握っていく。それには6人が最適というわけだが、営業的には厳しい。それで8席、そして10~12席にとなっていくらしい。バーにも通じるが、SEBEKはそれを6人掛けのボックス席で補っている。
大津麻紀子さん: 「ウチはメニューがないので、お客さまとゆっくり話しながら、好きなもの、苦手なもの、アルコールの強さとかをしっかり聞いてから作ります。」 最近は季節ごとに、「フルーツは何がある」と尋ねる客が多くなり、大津さんはバーで四季を感じてるのかなとも思うと話す。 スタンダードカクテルの「ギムレット」をいただく。ドライジンにフレッシュのライムジュース、砂糖というレシピは変わらないが、全体的に角がなくてまろやかな感じ。これが“大津流”らしい。大津さんは23歳のときから、日本バーテンダー協会(N.B.A.)の技能競技会に毎年参加し、数々の賞(注3)を受賞している。その経験に裏打ちされた自信がなさせる業である。
(注3)「ヘネシーX・Oカクテルコンペティション2017」の優勝作品「トゥールビヨン」で全国に名前が知れ渡る。 店名の「SEBEK」は古代エジプト人が依存し恐れていた「ワニとナイルの神『セベク』」から。20歳で、N.B.A.のバーテンダースクールに通い、その募集広告の「将来はオーナーバーテンダー」という言葉に感じるものがあった。10年間で中洲の3軒のオーセンティックバーで修業し、30歳で独立と決める。決めたとおりに歩み、2021年には開店10周年を迎える。
BAR SEBEK
■TEL:092-291-5510 ■住:福岡市博多区中洲4-1-12 人形小路 ■営:19:00~翌2:00 ■休:日祝日 ■席:12席(カウンター6席) ■カード:可 ■喫煙:可 ■チャージ:なし
※新型コロナウイルスの影響により、席数、営業時間・定休日等が記載と異なる場合があります。来店時は、事前に各店舗へご確認をお願いします。 文=Johnnie Walker(ジョニー・ウォーカー)