いつも義父の悪口三昧だった義母 義父が他界した途端に態度が豹変!

夫の実家に帰省するたび、私は義母から義父の悪口を山ほど聞かされてきました。「自分に勇気があれば別れる心づもりだった」と言っていたほど。ところが義父の他界後、真逆なことを言い出したのです。

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義父が他界… 突然やってきた悲しい知らせ

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 ある夜中、義母からの電話で義父の他界を知りました。突然のことで夫も私もひどく驚きましたが、もともと持病のあった義父。病院嫌い、酒とたばこが大好物。3日に1度は趣味のパチンコに通っていたものの、自宅の2階に上がれないほど足腰が弱っていました。

 そんな義父が病院のベッドでなく、自宅で最期を迎えられたことは幸せだと思う、と夫はしんみり言いました。亡くなる前々日もパチンコを楽しんだそうです。

いつも義父の悪口を言っていた義母

 義母はいつも、義父を悪く言っていました。酒、たばこ、パチンコにお金を使いまくる、当時同居していた姑と揉めても他人顔。家事も一切手伝わず寝たばこで畳を何度も焦がし、酔ってトイレに物を落として詰まらせては修理…。

 「離婚を考えたことは数知れないが、子どもたち3人のため我慢した」私はこのセリフを何十回聞いたことでしょう…。

 義父を無事見送り、迎えた四十九日法要。突然義母が参列者の数や仏花、料理などに文句を並べ立てました。親族総意で、コロナ禍の現状を踏まえつつ準備した内容でしたが、義母は
 「質素すぎてこれでは…あの人が悲しむ」と主張。それからというもの、「あの人が悲しむ」が義母の口癖に。

 ある日曜の夜、急に義母から電話がかかってきたと思ったら
 「明日お墓の花を替えて欲しい」と言ってきました。自宅から実家まで車で2時間半。明日から仕事なので週末まで待ってと言うと
 「花が枯れたらあの人が悲しむ」と一言。

火事が心配で、仏壇のろうそくを消すよう告げると
 「暗いとあの人が悲しむ」と言い、聞く耳を持ちません。

 その後も、初盆前には注文済の食事や供物を急に変更するなど、理不尽な要求ばかり。否定すれば決まって口癖が「それではあの人が悲しむ」でした。

 夫たち兄妹や親類は、義父の悪口三昧だった義母をずっと見てきました。今さら「あの人が悲しむ」と言われても、まったく説得力がないように感じていたのです。

悪口の対象は義父から親類一同へ…

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 「あの人が悲しむ」の口癖に、誰の心も動かない日々。
 「本当に亡夫を思うなら、あの人が悲しむなどという理由で周りを困らせないでほしい」とはっきり指摘する人も出てくるほど。気づけば帰省時や電話口で、義母は親族と子どもたち3人を責めるようになりました。

彼らは距離や仕事を理由に何もしない、頼れるのは親切なご近所さんだけ。きっとあの人はみんなの不義理を悲しんでいるだろう、と…。

 『遠くの親戚より近くの他人』有名なことわざを思い浮かべながら、延々と夫たちへの不満に耳を傾ける私。これって暗に、私への悪口でもあるよね… と感じてしまうほどでした。
 そこでふと気づいた私。義母は義父を本気で嫌っていたわけではなく、誰かに誰かのグチを話してスッキリしたかっただけ、以前は義父がその対象で、今は親類一同に置き換わっただけではないか…?

 ならば、私はひたすら義母の聞き役に徹しよう、どうか悪口の対象が距離や仕事を理由にあまり顔を出さない嫁の私に置き換わらないよう、細心の注意を払いながら…です。

 それにしても「あの人が悲しむ」って義母の言葉… 人は失って初めてそれがどれだけ大切か気づくと言いますが、まさにその通りだとしみじみ感じる私でした。

(ファンファン福岡公式ライター/モンブラン)

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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