西鉄天神大牟田線の高宮駅から県道602号線を那珂川町へと走ると、福岡市南区中尾の交差点の一角に「ぶどう畑」の看板が見えてきます。農家の主婦だった新開玉子さん(72歳)が1999年7月に仲間6名とオープンした農作物直売店。ここには、新開さんと仲間たちのこだわりがギュッと詰まっているのです。ほかにも水耕栽培に挑戦したり女性就農者の支援をしたり多方面で活躍する新開さんは女性農業者の先駆け的存在です。
都市化が進んで直売に挑戦
「ぶどう畑」を訪ねたのは、繁忙時を過ぎた午後2時でしたが、買い物客が絶えることなく訪れていました。店にあらわれた新開さんは顔見知りのお客たちに「元気だった?」と気さくに声をかけ、スタッフも待ち構えたように次々と相談を持ちかけてきます。「できるだけ若い人に任せるようにしているんだけど」と話しますが、店を隅々まで知っている新開さんは、まだまだ店の〝顔〟なんです。 新開さんは筑後市の農家出身。米とブドウ、ウメの複合農業を営む新開康善(79歳)さんと20歳で結婚しました。「当時は周りは田んぼだらけ。川にはどじょうがたくさんいたし、牛の堆肥を使うような田舎」だったそうです。 しかし、1970年代から周辺は急激に宅地化が進み、農地が減ることで地元の農協の共同集荷も無くなってしまいました。そうなると自分で売らなければなりません。そこで自宅の庭先や無人販売所などで販売を始めることに。「それが良かった」と新開さんは振り返ります。自分で売る経験が、将来の直売所経営の勉強になったからです。
12年かけて家族を説得
新開さんが直売店の構想を抱いたのは40歳すぎ。「都会と農村、農と人が交流できる場所がほしい」というのが夢でした。しかし実現までは12年以上の歳月がかかりました。家族に理解してもらうために、家事と農作業をこなしながら、土地の所有者の義父や夫を説得、店舗の採算ラインや商圏の設定など計画書をつくり、友人たちへの協力依頼などを地道に続けたのです。 こうして念願の直売店をオープンさせました。土地は義父、建物は夫に借り、テナント料を払うという仕組みです。店の名前はかつてこの付近が新開家のブドウ畑だったことから名付けました。今では反対していた夫の康善さんも直売店のオーナーとして応援しています。 福岡市内の農産物だけでなく、九州一円から商品が集まってくる「アンテナショップ」的な役割も果たしています。これも新開さんが準備期間中に培ってきたネットワークが生きています。正社員4名とパート25名が働いています。
買い物弱者のため宅配サービスも
「ぶどう畑」に詰まった新開さんたちのこだわりをちょっと紹介しましょう。 例えば、建物は直売店には珍しい2階建て。2階に研修室や調理室があります。ここにも「人が集まって交流できる場所にしたい」という願いがこもっています。ウメ干しなどの伝統食づくり教室、英会話スクール、地域の町内会議などに活用されています。 午前11時の開店時間も店のこだわり。「開店時間を早めたら、出荷する農家は明け方の農作業を強いられる。それでは後継者なんて育たないから」と新開さんは語ります。 最近では、南区限定の商品宅配サービス「らくらくBOX」(有料)を始めました。地域はいま高齢化を迎えています。買い物に行けなくなる「買い物弱者」を減らそうという試みです。
「女性は農業に向いている」
新開さんは「ぶどう畑」の隣にハウスを建設し、5年ほど前からレタス、ベビーリーフなどの水耕栽培に取り組んでいます。「都会でもできるし、若い女性たちが自立できる農業だと思うから」と新開さん。現在、子育て中の女性4名、男性1名で切り盛りしています。 「農業は女性に向いている」というのが一男二女を育てた新開さんの持論です。「作物をはぐくむ愛情の注ぎ方が男性とは違う。男性の農業は大規模や利益が中心になりがちだけど、女性は安全や安心に関心が向く。収穫もこまやか、包装もオシャレにできる」。女性の就農者を育てようと、新開さんは福岡市の研修制度「女性農業者ステップアップ事業」などの研修生を積極的に受け入れています。 もうすぐ創業20年を迎える「ぶどう畑」。「創業時の〝農と人を結ぶ〟という原点に返って次の世代に受け継ぐ準備をしたい。私はいま続けている幼稚園や小学校で行っている食育の活動にもっと力を入れたい」と語る新開さん。彼女の夢と挑戦は、まだまだ続きそうです。
※情報は2017.12.20時点のものです