上品なお菓子の味を端的に表現する「甘さ控えめ」という言葉。雑誌やテレビ等のメディアでも比較的よく目にしますが、さて、一体、何を基準に”控えめ”なのでしょうか?あたかも、”甘さの標準値”というものが存在するかのようなこの物言いに、皆さんは違和感を覚えたことがありませんか?
これからご紹介する珠玉のスイーツたちは、その「甘さ」という一見単純にも思える要素がいかにしてお菓子の味を支えているのか、また「甘さ控えめ」という言葉に、実は全く意味がないことを思い知らせてくれます。 今回、取り上げるお店は、福岡市城南区、地下鉄七隈線の七隈駅から徒歩3分の「Cake Shop CAFUNEEE」(ケーキショップ・カフネ)。筆者が福岡市内の「ワインに合う洋菓子店」の筆頭として是が非でも推したい銘店です。
パステルカラーと原色系が入り混じったポップでカラフルな内外観は、キラキラした現代的洋菓子店と言うより、都会の裏路地にありそうな個人雑貨ブランド店風の素朴でオシャレな佇まい。
幅広のショーケースの中にはシンプル系のタルトを中心とした見た目にも美味しそうな商品がズラリ。
「今の子供たちが大人になっても”やっぱりケーキ屋っていいな”と思ってもらえるワンダーランドのような空間を目指しました」とは、女性オーナーパティシエ・船越さんの言葉。
嬉しそうに夢を語る彼女の屈託のない笑顔に、聞き手の顔もほころぶものですが、そのまま口をついて出てきた予想外の一言に、思わず言葉を失うことになります。 「実は、女子会とかで皆に合わせてスイーツを食べるのが嫌で嫌で。。。」
パティシエが、まさかの”甘いモノ嫌い”!? そんな彼女が、なぜ甘い食べ物の代表格と言っても過言ではないケーキを専門に取り扱う洋菓子店を営むに至ったのか、、、。 元々は福岡市中央区大名にあるバーに勤めていたという彼女。ワイン好きが高じて、そのままお酒の道を究めんと日々精進なさっていたそうですが、そんな情熱をよそに、所謂、女子が好む”甘い物”を避けられない日常にやり場のない不満は募る一方。。。 そんな折、ふとしたきっかけで出会ったのが、福岡市早良区原に本店を構える人気洋菓子店「ストロベリーガーデン」。船越さんは、その上品な甘さのお菓子に衝撃を受け、初めてスイーツで「美味しい」と感動したのだとか。この瞬間、彼女の中に”お酒の道を忘れさせる”ほどの大いなる目標が生まれます。
「甘い物が苦手な私のようなヒトに、それも出来ることなら自分の大好きなワインにも合うスイーツを作れないだろうか?」 自らに課したこの壮大なテーマに向け、すぐさま同店での修行を開始。技術を習得しながら独自のスイーツ研究にも余念がない彼女はメキメキと頭角を現し、2009年、ついには自らのお店「カフネ」を現在の地にオープンします。
そして、2018年5月現在、店内には、ホールケーキ、タルト、マカロン、シュークリーム、プリン、焼き菓子など、どの洋菓子店と見比べても全く遜色のないラインナップが揃えられています。
肝心なお菓子の出来栄えはと言えば、そこは筋金入りの”甘いモノ嫌い”な船越さん。シンプルながら、「甘さ」よりも「素材の風味」が全面的に活かされた絶品ばかり。その中でも特に筆者オススメの定番商品は、
「とろける濃厚ショコラタルト」
この潔いまでのシンプルな見た目からは想像もできない満足度の高さ。「とろける濃厚」とはよく言ったもので、まさに”名は体を表す”リッチな食べ心地。深みのあるチョコレートの風味にフランボワーズのキュートな酸味が重なるだけで、こうも贅沢な味わいになるのかと驚かされる逸品。
「キャラメルタルト」
ここまでナッツの香りを堪能できるタルトは、福岡県内全域の有名洋菓子店を食べ歩いてきた筆者も驚き。キャラメリゼされたナッツのほろ苦さと木の実由来の爽やかな脂肪の旨味が溶け合って、何ともオトナっぽく香ばしい風味が口いっぱいに広がります。
「ゴルゴンゾーラ」
”ケーキは甘いモノ”という先入観を持ったまま口にすると間違いなく衝撃を受ける一品。青カビチーズならではの豊かな香りにしっかりとした塩分、それらを優しく包み込む仄かな甘み。この挑戦的な味付けを一度味わえば、お菓子の新たな方向性に開眼することは間違いありません。
「マカロン」
世の中には甘すぎるマカロンしかないのか。。。と絶望していた筆者に一筋の光明が差した救世主的マカロン。フランボワーズやピスタチオ、レモンほか、素材の風味が前面に出たカフネの隠れた銘品です。
「焼きショコラテリーヌ」
2018年のバレンタインからデビューして人気沸騰中の商品。純チョコのみで作られた上質なテリーヌで、お店の指示に従って、冷蔵状態から常温で2時間ほど置いてから食べると、焼いた表面の微かな焦がし風味と中央部のトロりとした濃厚な風味が得も言われぬ幸福感を味わわせてくれます。
「生チョコ」(完全受注生産)
これがきっかけでカフネの存在を知ることが出来た思い出深い逸品。卸先のとあるオーセンティックバーでウイスキーのお供として提供されていましたが、濃厚さ、絶妙なほの甘さ、口溶け感、カカオの風味とその余韻、全てが渾然一体となった絶品です。 船越さんによると、ワイン向けのお菓子は基本的にご自身のお好きなブドウ品種ピノ・ノワール主体の赤ワインがマッチする味わいを意識されているそうですが、筆者が手持ちのワインで試したところでは、例えば、ナッツ主体の「キャラメルタルト」には樽香の効いたシャルドネ等の濃厚な白ワインが、青カビの独特の香りが印象的なゴルゴンゾーラ(ケーキ)には、酸味が強いネッビオーロやカベルネ・ソーヴィニヨン等のフルボディタイプの赤ワインが合うといった具合に、マリアージュの幅は思った以上に広そうです。
それぞれを食べ比べていて気付かされるのが、さすが「ワインに合う」ことをテーマに作られているだけあって、本格的なワインづくりと同じように、商品ごとに「甘さ」のコンセプトが全く異なります。 と言うのも、ワインの世界での「甘さ」とは、単純に糖度の高い低いだけではなく、バラなどの花やフルーツにも例えられる香り由来の甘やかさ、発酵時に副産物として生成されるアルコールの一種グリセロールが舌に感じさせる膨らみやコク、口当たりとしての甘み(糖分ゼロの辛口ワインでも甘みとして感じられます)など様々な要素を総合的に捉えますが、
ワインの造り手は、これ以外にも酸味や渋み、苦味といった様々な味覚要素の狙いを定め、自分たちのワインに”どの味わい”が”どの程度”必要なのか、あるいは”必要ないのか”を考え、ブドウが持つポテンシャルを最大限に引き出すことを軸に独自の風味を生み出していきます。 カフネのお菓子が、なぜ、そうした複雑な味わいを持つワインという飲み物にマッチするのか。。。それは、ワインと同じように「必要な甘味」のみを意識することで素材の持ち味が際立ち、どの商品も「風味の輪郭」が非常に色濃いこと。フルーツにはフレッシュな酸味、チョコにはカカオの香りや苦味、チーズには芳しい発酵臭とそれを引き締める適度な塩分があります。
つまり、それぞれのお菓子が、ワインの様々な風味に呼応するだけの素材の力強いカラーを、加工後も”生き生きと”持ち合わせているということ。 至極当たり前のようでいて、一般的な洋菓子では惜しくもほとんどが「必要以上の甘さ」によってボヤけてしまっていると筆者は考えています。なぜなら、単一のお菓子として完結する商品にとっての最大の価値(美味しさ)は基本的に「甘さ」です。人間が五味の中で最も感じにくいとされる「甘味」を主体にしたお菓子は、味覚要素のバランスとして必然的に「甘味」が最大となります。 対して、ワインとのマリアージュを見据え、「甘味」もあくまで美味しさの中の1要素に過ぎないと徹底してドライに捉えているカフネのお菓子づくりは、必要のない甘みは容赦なく削り、その他の必要な味覚要素に振り分けることができます。
このコンセプトの切り口こそが他店との決定的な違い。独自路線ゆえに甘味をコントロールできる自由度の高さが、結果として、酸味、塩味、苦味といった本来スイーツにとって非常にデリケートな扱いが求められる”味わいのカラー”をも大胆にお菓子に色づけられる恩恵をもたらしています。 すなわち、俗に言う「甘さ控えめ」という言葉で一括りに出来るような単純な”砂糖の加減”ではなく、素材の風味を引き出すための”ゼロベースからの必要な加糖”だからこそ、お菓子のピュアな美味しさや、それによる各ワインとの幅広いマリアージュを実現していると言えます。
末恐ろしいのは、ここまで尖ったカフネのお菓子が、実は、「ワインなし」の単体でも十分以上に美味しいこと。それもそのはず、このワイン好きに向けた独自のコンセプト自体、船越さんにインタビューして初めて知り得たことで、日頃は純粋に美味しい洋菓子店として人気を博しているのですから。このバランスの良さは本当にお見事としか言いようがありません。 都市部からは離れたロケーションのため、人によっては移動時間に若干の難はありますが、このお店のためだけに遠出しても全く後悔はないと断言できる絶品オトナスイーツたちが皆さんを待っています。ぜひお試し下さい。 フードアナリスト フジワラ コウ
※情報は2018.5.29時点のものです