『西郷どん』最期の戦い3 弾雨の中、トンデモ親子が出現

西郷隆盛の生涯を描く大河ドラマ『西郷どん』。その最期の舞台となるのは、51歳の生涯を閉じることになる「西南戦争」だ。九州が戦場になった「西南戦争」を福岡の人たちはどう受け止めていたのか。 140年前の新聞を元に『西郷どん』の最期の戦いを再現してみよう。

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前回の筑紫新聞カルトクイズ2

銃砲弾飛び交う戦場で、ある一家4人が取った驚きの行動とは? (1)「戦争をやめよう!」と両軍に演説 (2)一家が総出で川から水を汲み続ける (3)4人揃って前線を横断して山に逃亡

答えは(2)一家が総出で川から水を汲み続ける、でした。

「家が焼けてしまう」一家で防火

「筑紫新聞」第1号によると、「高瀬市中は兵火に罹って火災がおき、官軍の食糧倉庫も被災し米6万俵を焼失」。一帯が、砲弾や銃弾が飛び交う戦場の真っ只中に「驚くべき一話あり」として、次のニュースを伝えている。

出典:西日本新聞社

「官軍が砲撃隊を置いた羽根太八幡宮の前に、美川友吉という商家があった。このごろ自宅を新築したばかりで、周囲の家が焼けてゆくのを見て、このままでは自分の家も焼けてしまうと深く嘆いていた」。 美川友吉さんは、「自分たちで火災を防ぐしかない!」と心に決めて、親子4人、自宅が焼けないように「銃弾飛び交う中を、裏の小川に行っては水を汲み、家に掛け続けて焼失を防いだ」。 家は焼けずに済んだが、戦争が一段落して改めて家を見ると、「家の外はもちろん家の中の戸棚、いろんな道具に至るまで、銃弾の穴だらけ」だった。よくまあ家族の誰にも命中しなかったものだと、「高運の人なり」と呆れている。

出典:西日本新聞社

戦争以外のニュース

「筑紫新聞」第1号は、全部で10本の記事がある。9本までは「西南戦争」に関する記事だが、「今日は戦争の記事ばかりなので、それ以外の話はないかと探訪者に尋問すれば…」と、1本だけ戦争とは無関係な記事も採録している。 「筑後柳河士族の木下、国盛、源の3人は、自分たちを三池郡大牟田村士族と嘘を帳面に書き込んで博多柳町花楽亭に登楼し、巡査に調べられて、郷官氏名詐称の罪で罰金2円50銭となった」 大変な戦争の最中でも、偽名を使ってでも遊ぶ人々もいたということか。

出典:西日本新聞社

「筑紫新聞」の取材は、直接取材ではなく、情報を持ち込む人からの伝聞、戦地や現地に出かけたり、戻ってきた人へのインタビューで成り立っていた。 直接、戦場に記者と投入するような態勢もなかった。だが、この小さな新聞が伝えた「西南戦争」の実相は、当時の福岡の人々の状況を、どこよりも生々しく記録している。 そうして、「筑紫新聞」創刊号には、たった10本の記事しかないが、画期的な附録がついていた。それは、どんな附録だったのか。

筑紫新聞カルトクイズ3

創刊号についた画期的な附録とは? (1)カラー印刷の戦場地図 (2)戦場から持ち帰った土 (3)官軍の将軍たちの似顔絵 答えは次回!『西郷どん』最期の戦い4 当時の新聞についていた画期的な附録とは?

『西郷どん』最期の戦い4 当時の新聞についていた画期的な附録とは?

出典:げこげこ大王28世

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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