九州最大級の歓楽街「中洲」は、もともとは文化の街だった!?

「福岡はショッピングやグルメはとても充実しているけれど、“観光”となると行くところがない」なんて話をよく耳にします。でも、地元民にもあまり知られてないだけで、観光すべき名所や穴場はあるんです。「へぇ~、知らんかった~」という観光の穴場や、ココ、実は名所なんですというとっておきのネタをご紹介します。

出典:ファンファン福岡

■NHK大河ドラマ「西郷どん」のもう一つの見どころ 大河ドラマ「西郷(せご)どん」の見どころは鈴木亮平演じる西郷隆盛の男にも女にも好かれた実直な熱血漢ぶりですが、もう一つの見どころは、渡辺謙演じる薩摩藩第十一代藩主・島津斉彬(なりあきら)の賢君ぶりだといえるでしょう(4/22の放送で急逝してしまいましたが)。 斉彬は琉球や中国との貿易を通じて西洋の列強が日本に迫るのを脅威に感じ、藩の富国強兵に努め、島津家の別邸・仙巌園(通称磯庭園)で洋式造船や反射炉・溶鉱炉の建設、地雷・水雷・ガラス・ガス灯の製造などの「集成館事業」を興したのです。

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■「福岡藩精錬所跡」の碑 福岡には、中洲の明治通り沿い、松居壹番館ビルの前に、飲食店のノボリに隠れるように「福岡藩精錬所跡」の碑があります。これこそ福岡の「集成館事業」といえる、西洋科学を取り入れた産業の近代化の跡なのです。 この事業を行ったのは、福岡藩最後の殿様・第十一代藩主の黒田長溥(ながひろ)。江戸時代、福岡藩は佐賀藩と交代で鎖国中の唯一の海外貿易港・長崎の警護を命じられていました。そのため、西洋の列強によってアジア諸国が次々と植民地化されているという情報はいち早く入っていたことでしょう。また、長溥自身、長崎で塾を開いていたドイツ人医師・シーボルトの講義を受けるほどの開明的な殿様でもありました。 この長溥が、今でこそ夜の街となった中洲に、幕末の頃に鉄の精錬所や反射炉、硝子製造所などの理化学研究所を造り、中洲を文化・技術のまちとしたのです。また、藩士を積極的に長崎の出島に派遣して西洋技術の習得に当たらせたため、時計屋や写真館を開く者も現れたといいます。 ■黒田長溥と島津斉彬は実は肉親 このように開明的な共通点をもつ斉彬と長溥ですが、長溥は実は薩摩の島津家から養嗣子として黒田家に入った身。薩摩藩第八代藩主・島津重豪(しげひで)の十三男で、この重豪の曽孫(ひまご)が斉彬。つまり、斉彬と長溥は大甥・大叔父の関係で、2歳違い(斉彬が年長)の二人は兄弟のような仲だったといいます。実家・島津家の家督争い(いわゆる「お由羅騒動」)では、長溥が斉彬派の亡命者を受け入れ、幕府の要人に手をまわして斉彬の藩主相続を実現させた、斉彬にとっての大恩人だったのです。

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