今、福岡は間違いなくパンブームです。5年前では考えられないほど、福岡市内を中心にパン関連イベントがひっきりなしで、その盛況ぶりからはかつてない熱気が伝わってきます。そして、福岡のパンの美味しさの水準が飛躍的に上がってきたのも実は近年のこと。
その背景には、福岡のパン文化を牽引されている県内各所の核となる名店(とシェフ)が、情報発信・勉強会・講習会等を通じた技術面のシェアリングや後進の育成を行っているなど、本当に地道な積み重ねがあり、熱烈なパン愛好家の筆者としては、その賜物として福岡のパンレベルが目に見えて上がってきた昨今の状況に思わず目を細めてしまいます。 少しだけ視野を広げて、日本のパンのクオリティ(およびビジネスモデル)はと言えば、今やアジア各地を席巻するまでに至っているといいます。大手製パンメーカーはもとより、国内有名店の海外進出も珍しくなく、その勢いは目を見張るものがあります。
その面々には、パンの本場フランス・パリで3年に1度開催されるパンのオリンピック「クープ・デュ・モンド」(2012年には日本代表チームが二度目の世界一を受賞しています)への日本代表を毎回輩出するようなベーカリー企業もあれば、お店を休んでまで個人レベルで挑戦する有志の単独店もあり、いずれもその技術は世界的に見ても非常に高く評価されています。 つまり、日本の製パン技術は今、世界レベルにあると言っても過言ではありません。
さて、そんな中、活況に湧く福岡のベーカリー勢からイチオシでご紹介したいのが、福岡市南区の国道385線沿いにひっそりとした佇まいで営業されている「Yakichi(ヤキチ)」(2016年OPEN)。
外観こそ控えめですが、毎日午後の早々には完売してしまう超人気店で、切り盛りされているオーナーシェフの藤川さんは、ご出身の北九州市にあり、”食パン日本一”(八幡西区)にもなったベーカリー「木輪(きりん)」で修行された後、”パン好きの聖地”と呼ばれ、関東エリアでカルト的な人気を誇っているベーカリー&カフェ「パーラー江古田」(東京都練馬区)でも腕を磨かれた実力派。 特に、後者の系譜の真骨頂と言えば、店内に並ぶパン全体を見渡せば火を見るより明らか。
それは、思わず目を奪われる「焼き色」の美しさ!バゲット、カンパーニュ、クロワッサン、惣菜パン等々、どれも色合いのコントラストと陰影が濃く、他店と一線を画する”いぶし銀”なビジュアルです。それに、何を食べてもハイレベルな美味しさ! 一見すると、”焦げているのでは?”と勘違いする人がいても不思議はない、その深みのある表面の色濃さは、実は紛れもなくパンの”火入れのスイートスポット”を突いている証。店内に漂う香り高さもそれを表しています。筆者からすれば、皆さんに是非この色合いを覚えて頂いて、今後、パンの美味しさの指標にして頂きたいほど理想的です。
バゲットを例に取ると、表面(クラスト)は、カリッと香ばしく風味豊か、中身(クラム)は、見た目に反してモッチリと柔らかく仕上げられた、まさに出色の出来。県内外の数ある有名ベーカリーを食べ歩いてきた筆者の目にも驚きの完成度です。これだけ強い火入れがしてあっても、中の瑞々しさは損なわれていません。
同店では、国産小麦にこだわり、自家製レーズン酵母(※1)でゆっくりと丁寧に発酵させた生地を、小麦の旨味を引き出すために更に長時間熟成(ハード系では20時間以上)させてから焼き上げます。
その際、表面(クラスト)の飴色がかった色合いや独特の食感、複雑で豊かな風味を生み出すメイラード反応(※2)を特に狙っているとのこと。ここで得られる風味や香りは時間経過とともに中身(クラム)にも浸透していくため、パン作りでは一般に重要視されています。
しかし、同時にカラメル化反応(※3)も近い温度帯から並行して起こるため、それが、色付けや香り付けの効果以上に”僅か”でも進行してしまえば、無用な”苦味”を伴った手痛い焦げとなってしまいます。焼成時の温度や焼き上がりまでのパンの状態管理は非常にデリケートかつシビア。一筋縄ではいきません。
パン作りの工程では、こういった目には見えない化学反応が、未解明なものも含めて、それこそ数えきれないほど起こっています。それを的確に捉え、様々な香味成分をパン生地に狙って発現させたり、食感を整えたりするのは、熟練したパン職人であっても想像以上に至難の業です。
Yakichiのパンの”焼き色の濃さ”が物語るのは、そこまでの化学レベルの繊細さを以て、パンの状態変化のギリギリのデッドラインを見極め、仕込み~焼き上がりに至るまで、常に”最高点”を見出そうとしているということなのです。これは文字通り、幾多の死線を超えてきたご経験と勝負勘、そして、匠の技の持ち主、つまりは藤川シェフだからこそ踏み込める”勇気と胆力の産物”だと筆者は考えます。特に、火入れの精度は、県内はおろか、全国的に見てもおそらく稀有なクオリティです。 取材当時、支店をお出しになるおつもりが現時点では無いとのことでしたが、それも頷ける唯一無二のクオリティの高さ。どのパンも生地だけで十二分にご馳走に値します。 福岡県内では、元来、惣菜パンの人気が根強く、本物志向のパンづくりがなかなか受け入れられないマーケットではありましたが、近年になって、パンの味そのものを楽しめる本格的なお店も増えつつあります。Yakichiのパンが、これだけ支持されている近年の福岡のパン食文化は、これから発展していくに違いないと、筆者は確信しています。
さあ、益々、パン屋巡りが楽しい街・福岡になってきました! ※1 発酵効率の良い単一種のイースト菌ではなく、敢えて自家製酵母をパン種に使う理由としては、一般に、手間と時間がかかる代わりに、そこに含まれる様々な微生物や乳酸菌が発酵過程の副産物として豊かな香り成分を生み出してくれ、パンの味わいを一層深いものにしてくれるメリットが挙げられます。 ※2 130~150度辺りから生地中のアミノ酸や糖質が変化して褐色になる化学的な変化のこと。 ※3 160度辺りから生地中の糖質の水分が蒸発して焦げの初期段階として褐色化してキャラメル香を発生する反応。プリンの底でおなじみ。
Yakichi(ヤキチ)
所在地:〒815-0033 福岡県福岡市南区大橋4-5-6 天本ビル1F TEL:092-553-2600 営業時間:9:00~18:00(売り切れ次第閉店) 定休日:月曜日、火曜日 駐車場:なし
施設名:ヤキチ (Yakichi)
住所:福岡県福岡市南区大橋4-5-6 天本ビル 1F
営業時間:9:00~18:00※売切れ次第閉店
日曜営業
定休日:月曜日、火曜日
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。
アクセス:大橋駅から696m
フードアナリスト フジワラ コウ
※情報は2018.11.21時点のものです