街の発展を支える「通り」。人々が往来し、物が行き交い、いつの時代もそこにはドラマが生まれています。1929年3月創業の「明月堂」(秋丸真一郎社長、福岡市博多区)は、今年創業90年を迎えます。博多の歴史や文化にこだわり、傑作まんじゅう「博多通りもん」などを誕生させてきました。「博多と共に、皆さまと共に」―。名菓「博多通りもん」にちなみ、福博の「通り」を巡る物語を昔の写真を交えながら毎月紹介します。
命名から半世紀 歴史ある大通り
福岡市博多区のJR博多駅から、博多港に向かってまっすぐ伸びる「大博(たいはく)通り」。半世紀前の1969年、市制施行80周年を記念して命名されました。「歴史ある博多の町の大通り」という意味で、正式な路線名は「県道博多停車場線・県道博多港線」。片側4車線、長さ1.8kmの大きな道路です。
16世紀後半、博多の町は大友氏や島津氏などの戦いに巻き込まれ荒廃。しかし、九州を平定した豊臣秀吉が1587(天正15)年、「太閤町割り」と呼ばれる復興事業を行いました。秀吉は博多の豪商らの意見も取り入れながら、東は石堂川(御笠川)、西は博多川、南は矢倉門などの堀付近、北は大浜―という大規模な区画整理を実施。博多の町を七条の袈裟になぞらえ行われたともいわれ、あれから約430年たった今でも、太閤町割りは多くの道筋として残り、その一つが大博通りなのです。
博多駅が移転 百貨店やホテルも
通りには、さまざまなランドマークがあります。博多駅が現在の場所に移ったのは1963年。それまでは北西寄りにありました。
現在、福岡市中央区天神にある「大丸」デパートも、以前は大博通り沿いの呉服町交差点付近で営業。同ビルの上階には、「博多帝国ホテル」も入っていました。大丸の天神移転後、82年から99年まで、都市型総合スーパー「エレデ博多寿屋」が営業。現在は複合ビル「呉服町ビジネスセンター」がこの地に立っています。
通りを彩るワシントニアパームの並木は、福岡市史によると市制70周年を記念して59年、73本が植樹されました。 博多の大動脈・大博通り。これからも街の発展と共にさまざまな歴史を刻んでいくでしょう。
◆~ちょっと寄り道~近くの通り散策◆ 「ベイサイド通り」
博多港のそばにあるのが「ベイサイド通り」。福岡市博多区の道路愛称事業で命名。通り沿いには複合商業施設「ベイサイドプレイス博多」や旅客ターミナルなどがあり、多くの人が行き交います。CMの撮影も行われるなど、博多のウオーターフロントを代表するエリアとなっています。 通りの北側にあるのが櫛田神社浜宮。7月の「博多祇園山笠」を前に6月、海水で舁き棒を洗い清める神事「棒洗い」が行われます。
博多港は1899年に開港の指定を受け、近代港湾として歩み始めました。ベイサイド通りを含む博多ふ頭から中央ふ頭にかけての一帯は「博多ぴあトピア」という名前が付いており、一帯には「博多港発祥の地」モニュメントや、「博多港引揚記念碑」など歴史を伝える建造物も立っています。
企画・制作/西日本新聞社メディアビジネス局
【福博今昔通り物語】vol.2 明治通り編~「貫線」の名で親しまれ