楽器を使わず、両手を組んで作った空洞に息を吹き込んで笛のような音を鳴らして音楽を奏でる奏法がある。「ハンドフルート」と呼ばれる手笛の新奏法。熊本県八代市の高山大知さん(26)はこの奏法を発明した音楽家に師事して奏者となり、主に九州で活動。癒やしの音色を響かせ、まだ認知度が低い奏法の普及にも取り組む。
ハンドフルートを考案したのは東京の音楽家、森光弘さん(36)。幼少期に覚えた手笛を基に手を動かして音階を鳴らす奏法を独自に開発した。東京音楽大在学中の2003年に学内で発表。奏でる音域は3オクターブに及ぶ。大学を卒業した05年にピアノとのデュオ「チャイルドフッド」を結成し、ハンドフルートと命名、生みの親となる。
森さんは08年、民放情報番組に「世界でただ1人!? フルートを使わないフルート奏者」として登場。透き通った音色で複雑な旋律も軽やかに奏でる技を披露し、タレントら出演者らを驚かせた。当時中3の高山さんも番組を視聴、高山さんは「歌うように手笛を操るなんて。まるで魔法のようだった」と振り返る。
高山さんは番組を見て早速試すと「ホー、ホー」と鳴り、それから森さんのインターネット動画を徹底研究。音階が鳴らせるようになり、高1のとき学校行事で初披露した。翌年に上京し、コンサートで森さんと対面して以来、交流が始まり、平成音楽大(熊本県御船町)在学中から師事。3オクターブを奏でるまでになる。 昨春の大卒後は熊本を拠点にミニライブや出張演奏をこなし、徐々に活動範囲を拡大。「ベルサイユのばら」で知られる漫画家で声楽家の池田理代子さんとの共演、仏大使館での演奏など大舞台も経験を積む。
今夏、西日本新聞の取材に自宅で披露してくれたのは、モンティ作曲の「チャールダーシュ」。疾走感もある情熱的な旋律からバイオリンで演奏されるケースが多いこの曲を、高山さんは手笛の柔らかい音色で歯切れよく吹き上げる。まさに超絶技法といえるが、「音色、表現力、音楽の理解力…と森さんにかなわない」と謙虚に語る。 実は中学時代に不登校を経験した。「何となく自信をなくしていたとき、初めて夢中になれたのがハンドフルート。森さんは、師である以前に大切な恩人なのです」
レパートリーはクラシックや映画音楽、ポップスなど約100曲で、年内には初のアルバム発売も計画。いつの日か師匠と競演するのが目標、と言う高山さんについて、師匠の森さんは「努力家で今後がとても楽しみな奏者。これからも応援する」とエールを送る。 路上演奏重ねて狙う「キラキラした世界」 福岡の手笛パフォーマー・なかしま拓さん ハンドフルートに打ち込む若者は福岡にもいる。路上を中心に演奏活動する福岡市博多区のなかしま拓さん(23)。高山さんと直接的な接点はないが、ハンドフルートとの出合いは同様に、森さんの演奏に触れた記憶がきっかけになった。 なかしまさんがハンドフルートを始めたのは高1だった。ギターを始めた友人に触発され歌の練習を始めたが、人前で歌うのは苦手なことが判明。ふと思い出したのは中1のときテレビで見た森さんの姿だった。
練習を重ねると、2オクターブ鳴るように。「キラキラした世界に飛び込みたい」。憧れの芸能界に挑む武器を見つけた気がした。福岡大在学中から天神や中洲など福岡市中心部の街角で演奏。昨春の卒業時は就職も考えたが、演奏活動に専念することにした。 会員制交流サイト(SNS)を生かして活動をPRし、SNS上の「友だち」は5,000人超を誇る。レパートリーは25曲程度と少なめでも「路上演奏だけで食っていける」と豪語。一時は「世界に3人のプロ奏者の1人」を自称していたが、こちらは撤回した。 現在、知人のミュージシャンに作曲を託し初アルバムを制作中で、「多くの人に届けたい」と意気込む。キラキラした世界を目指し、青春を懸けた奮闘は続く。 =2019/08/20 西日本新聞=