明治生まれの祖母が話してくれた、ちょっと怖くて不思議な思い出を紹介する連載「祖母が語った不思議な話」シリーズ第2弾。今回は杣人Nさんの話です。
小学二年生の晩秋、庭を祖母と掃除していた。
落ち葉はほぼ集め終わったのでひと休み、縁側に座ってお茶を飲んでいると祖母が口を開いた。
「前に話した杣人Nさんのこと、覚えてるかな?」
「おばあちゃんのお父さんの友達だったきこりさんでしょ」
「よく覚えてたね。そのNさんの不思議な話思い出したんだけど…聞くかい?」
もちろん! と祖母の前に座りなおした。
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秋の終わりに杣人のNさんが久々に祖母の父を訪ねて来た。
弟子を探しているという。
「こん前、弟子入りしたあの若い衆はどうした?」
「Tか…あいつぁ辞めたよ」
「ひと月にもならんのにか?」
シブい顔でうなずくとNさんは話しはじめた。
木々の紅葉も深まった頃、NさんはTさんを連れて自分の仕事場の山にいた。
仕事を教え、山を教えるためだった。
手順を示しながら移動し、天狗岩と呼ばれていた大きな岩の上で昼飯にした。
食べ終えたNさんが煙管を燻(くゆ)らせていると、Tさんが赤い羽織を着て戻って来た。
「そりゃどうしたんか?」
「へへへ、ええでしょう? こん先の木に掛かっちょったんですわ」
羽織にはほつれもなく、汚れもない。捨てられた物とは思えなかった。
「寒うなってきたんで丁度ええです」
陽も暮れてきたのでTさんを連れ、いつもの山小屋に向かった。
囲炉裏に火を入れ夕飯を済ませると、疲れが出たのかTさんはすぐに寝てしまった。
冷えてきたので脱いだままにしていた羽織を着せてやろうとふと見ると、襟の裏に「与一」と書いてある。
「やっぱり忘れ物か…明日元んところに返さんといけんな」そう思いながらNさんも横になった。
「?」
うとうとしていたNさんは、冷気を感じ目が覚めた。
寝ぼけまなこで見るとTさんが戸を開け出て行こうとしている。
「どこ行きよるんか?」
「呼んどるんじゃ、はよ行かんと」
Tさんを必死に止めようとしたその時
「よ…い…ち」
小屋の外から笑うように名を呼ぶ女の声が聞こえた。
全身の毛が逆立った。
「呼んどる! 呼んどる!」
なおも出て行こうとするTさんを押さえつけ羽織を脱がすと、声のした方に放り投げ戸を閉めた。
Tさんはその場に崩れ落ちるように倒れ眠ってしまった。
Nさんは眠るどころではなかった。
翌朝、Tさんが起きるなりその話をしたがポカンとしている。
「覚えちょらんなら、まあええわ」
気を取り直し小屋を出ると何かが戸口に掛かっている。
ずたずたに裂かれた羽織だった。
「それ見るなりあいつは山を下りたよ。物の中には前の持ち主の業(ごう)が憑(つ)いちょるモンがあるから、気ぃつけんといけんなぁ」
そう言うとNさんは帰って行った。
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「おばあちゃん、業って何?」
「そうだねぇ…人が生きていくうちに魂に着いた垢(あか)…みたいなもんかな」
「ふ〜ん」
「そのうち分かるよ」
そう言うと祖母は、怪訝(けげん)そうな顔をしている私の頭をそっとなでた。
チョコ太郎より
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