元小学校教員をしていた冬野はなです。驚きのママ友や衝撃の義家族ネタなど、自分の体験や友人から聞いた話を紹介します。今回はママ友の娘が不登校になってしまった経緯と、そのことを心配して、ママ友自身が過干渉になってしまった話です。
夏休み後に行き渋るように
ママ友は元々子どもの世話が好きな人で、自立を促すより自分がやってあげたいタイプの人でした。例えば忘れ物をしないように、チェックのやり方を教えるのではなく、ママ友自身が持ち物の全てを用意してしまうのです。
子どもは女の子で一人っ子。はたから見るとしっかり者なので、先回りしたお世話は必要なさそうに感じていました。今思えばママ友自身が、過干渉の芽を持っていたのかもしれません。
小学1年生の夏休み後のことです。ママ友がパートを始めたのと同時期に、その子の行き渋りが始まりました。朝になるとお腹や頭が痛いと不調を訴え、学校に行きたくないと泣くのです。ママ友や旦那さんも心配していましたが、叱っても優しく説得しても泣くばかり。
先生にも相談したものの、学校では友だちと仲良く遊んでいて授業も積極的に参加しているし、原因がわからないのだとか。ママ友もこの状態ではパートに行くこともできず、一旦辞めることにしました。
1年生の秋頃から休みがちになり、ついには不登校に。学校に行けなくなってしまったのです。担任の先生や他の先生たちも迎えにきて説得してくれるのですが、教室には行けない日が続きました。
ママ友に起きた変化
そんな娘の様子に、ママ友の不安は爆発。
友だちと遊ぶ時にも一緒に行き、遊び場所のセッティング、お菓子の用意、食べた後に捨てるごみ箱の用意まで全てします。友だちと何か言い合いになったら、ママ友が仕切って解決してしまうことも。友だちと2人で近くの公園に行ってしまうと、目が届かないのが不安なのか、大きな声で探しに行くこともありました。
私もその様子を側で見ていたことがあったのですが、子どもが
「大丈夫だから、ママは向こうに行って!」と言っても、ママ友の方が不安に耐えられない、そんな風に見えました。
「友だちと何か揉めたら、学校に行かないと泣きだすんじゃないかと心配なの…」と、よく言っていました。
お友達の一言
ところが2年生になると、仲の良いお友だちと同じクラスになったこともあり、周りの大人たちの心配をよそに教室に入れるようになりました。ですがママ友の集団登下校時の迎えは、その後1年間続いたようです。
その過干渉にも、お友だちの一言で終止符が打たれる時がきます。それは
「私たち子どもだけで帰りたいの。ちゃんと家の前まで一緒に帰るから、子どもだけで帰らせてほしい」というものでした。
子ども同士で経験したいこと、過ごしたい時間が増えているのだとようやく理解したママ友は、不安な気持ちを抱えながらも家で待つようになりました。
その後、子どもは3年生になりましたが、元気に学校へ通っているそうです。お友だちと遊んでいる姿もよく見かけます。ママ友はそんな娘の様子にずいぶん安心したようで、またパートも再開し、過干渉も卒業できたようです。
側で見てきた私が思うのは、大人は不安に駆られて、あれこれ余計な手を差し出してしてしまうということです。それが必要な時もあるのですが、子どもが一歩を大きく踏み出せるのは同年代の子どもたちの支えがあってこそだな、と思います。
子どもは子どもの中でたくさんの刺激を受けながら、成長していくのですね。
(ファンファン福岡公式ライター / 冬野はな)