明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
小学二年生の早春、K半島にある無明橋を訪ねた。
それは鎖を伝って登った岩山と岩山の間にかかる長さ6m幅1mほどの手すりも何もないアーチ形の石橋だった。
「罪を犯したものが渡ると橋から落ちる」と言われ、事実過去に何人も転落しているという。
緊張しながら足を踏み出した瞬間、横風が吹いた。
覆う物もない山頂なので風も強く、石橋の上に腹這いになってやり過ごした。
橋を渡った先には小さなお堂があった。
お参りを済ませ、元の登山道へ帰ろうと橋を渡っていたとき、後ろでせきばらいが聞こえた。
渡り切って振り返ったが誰もいなかった。
家に帰り着き、いの一番に祖母にこの話をすると
「K半島も霊場だから、そんなこともあるだろうね」と真面目な顔で言う。
「霊場って何? ほかにもあるの?」
「霊場というのは昔から聖なる地として大切にされ、山伏やお坊さんが修練する場所で日本中にあるよ」
「おばあちゃんの故郷にもあった?」
「I山って知ってるかな? あそこも昔から修験道の霊場と言われていて、不思議なことも多いところだよ」
「不思議なこと?」
「こんな話を聞いたことがあるよ」
そう言うと祖母は語り始めた。
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春の彼岸の頃、杣人(きこり)のNさんが祖母の父を訪ねて来た。
祖母がお茶とおはぎを運んで行くとおもしろそうな話をしていたので、そのまま父の隣りに座った。
「Nよ、最近なにか変わったことはなかったか?」
「あったあった。ちょっと前にな新しい弟子が来た!」
「そりゃ良かったな」
「ちょっと奇妙なことはあったがな」
「どんな?」
「そいつと一緒に山に行くようになってひと月くらい経った頃かな。I山ん中で昼飯を喰った。あいにく弟子は箸を忘れたんで枝を削って作った箸で食べた。その後いつも通り働いて夕方山を下りたんじゃ」
Nさんはおはぎをほおばり、ごくりとお茶を飲むと話を続けた。
「そいつはわしの家に住まわせとるんじゃが、その日の夜中に突然起き上がると何度も入口まで行っては戻って来る。わしも目が覚めてしもうてな。『何をしとんじゃ?』と問いつめた」
「そうしたら?」
「外で誰かが自分を呼ぶんじゃが見に行くと誰もおらん。寝るとまた呼ばれる…こう言うんじゃ。見ると寝ぼけておるようでもない。仕方がないのでわしも見に行った」
「ふんふん」
「戸口まで来たとき、外からかすかに『くすくす』と笑う声が聞こえたんじゃ。出てみると誰もおらん。よく見ると足元にあの枝の箸が転がっとった。わしはそれを折って、かまどで燃やしたよ」
「箸が…」
「山の木の枝で作った箸は折って山に返さんと魂が宿るからな。あいつがそのまんま捨てたんで、着いて来たんじゃ」
「そのことは言ったんか?」
「言うもんか。また逃げられちゃかなわんからな!」
Nさんはおはぎの残りを口に放り込み、お茶を飲み干した。
「ごちそうさん…でもな、あの『くすくす』っちゅう笑い声は本当に気味が悪かったぞ」
そう言うとNさんは帰って行った。
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「山では不思議な事がよく起こるものだよ。人間の都合だけで行動するのではなく、敬意を払わないとね」
「うん…山とは関係ないけど、話聞いてたらおはぎが食べたくなったよ」
それを聞いた祖母はくすくす笑った。
チョコ太郎より
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