名刺入れやバッグなどビジネス向け牛革製品を製造販売する福岡市のビジネスレザーファクトリーは、創業6年で全国18店舗を展開。事業を通じて社会課題の解決を図る「ソーシャルビジネス」が注目される中で、アジア最貧国のひとつと言われるバングラデシュで既に900人もの雇用を創出、快進撃を続けています。今回は、フリーライターの永島 順子さんが取材しています。
都心のショッピング街のおしゃれな店舗。その事業には、深刻な“背景”があった
「バングラデシュの貧困問題」解決のために、現地の自社工場で貧困層を優先的に雇用し、現地の本革を使って付加価値の高い商品を生産・販売する企業、ビジネスレザーファクトリー。 実は、福岡市・天神地下街の店舗を訪れた時、少々、戸惑ってしまった。「バングラデシュの貧困問題」を紹介・説明するポスターやチラシ、フライヤーの類いが一切ないのだ。
商品も、現地の文化・風土を彷彿とさせるようなアジアンテイストのものではない。名刺入れにペンケース、ノートカバー、財布、ビジネスバッグやビジネスシューズ。シンプルでセンスのよいデザインで、本革が手にしっくりとなじむ商品の数々が並ぶ。
天神地下街といえば、石畳が印象的な天神の中でもシックで落ち着いた「大人」のショッピング街だ。その街に調和したスタイリッシュな店舗、最先端のビジネスシーンを彩るにふさわしいハイセンスな商品。そこからは「アジアの貧困問題」というイメージは浮かびようもない。ビジネスレザーファクトリー社長の 原口瑛子さんは、こう説明する。 原口さん : 「事業背景を知って購入される方は、ほとんどいません。商品を気に入っていただいた後に調べたら「ああ、そういう会社なんだ」と初めて理解される方が大半です。」 せっかく高い理想を掲げたソーシャルビジネスなのに、なぜ? それは「あくまで商品で勝負」することが、事業目的=現地の雇用を増やす最善の方法という判断によるものだという。 原口さん: 「困っている人を助けて」といったお涙ちょうだいでは、社会問題に関心のある人には届くものの、市場を広げることはできません。日本のエシカルマーケットはまだまだ小さい。一度買ってもらえたとしても継続は難しいでしょう。現地の雇用を増やし続けるためには、多くの方に商品を届けていくことが大切。商品やサービスのファンを増やしていくことこそが、事業目的の達成につながるのです。 天神地下街店を皮切りに、大阪・難波、東京・品川、熊本、名古屋……と店舗展開を続け、現在、首都圏だけでなく地方都市も合わせて18店舗。2人からスタートした現地の工場は、わずか6年のうちに900人を雇用するまでに成長している。原口さんたちの戦略に間違いはなかった。
貧困、教育、難民、環境、フードロス……。さまざまな社会課題をビジネスで解決
ビジネスレザーファクトリーは、日本屈指のソーシャルビジネス(注1)のプラットフォーム「ボーダレス・ジャパン」のグループ企業だ。 (注1)非効率まで含めてビジネスをリデザインし、社会問題の解決を目的とした事業を行うビジネス。寄付などの外部資金に頼らず、自社の収益を上げながら、その収益で持続的に課題解決に取り組んでいく。寄付による支援、経済成長に繋がる大企業の事業に続く「第3の選択肢」と言われている。 福岡市出身の田口一成さんが創業したボーダレス・ジャパンは現在、社会起業家のプラットフォームで、ケニアの貧困農家を救う事業や、フィリピンのスラムに雇用を生む飲食事業、地球温暖化を防ぐ電力事業など13カ国で36事業を展開。ビジネスレザーファクトリーも、「バングラデシュの貧困問題をどう解決するか」という命題からスタートした。
現社長の原口さんは、熊本・玉名出身。高校生の時に、ハゲワシが飢餓で苦しむ少女を狙う姿を写したケビン・カーターの写真「ハゲワシと少女」を通じて世界の貧困・格差問題を知り、「貧しい人々の役に立つ仕事をしたい」と決意した。 英国の大学院で「貧困と開発」修士課程を専攻した後、国際協力機構(JICA)で国際機関との連携事業や中米地域の円借款案件などを担当。しかし、体調を崩して退職。ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス博士のソーシャルビジネスに関する著書を読んで「貧しい人々の役に立つ仕事」への思いを再燃させ、「援助や支援ではなく持続的な貧困削減を目的とした雇用創出のビジネスができないか」と考え始めた。そんな頃に、ボーダレス・ジャパンと出合い、「この会社ならば、私の思い描くビジネスが形にできる!」と飛び込んだのだった。
ノンブランドで闘えるポジショニング、それが「ビジネスシーン」だった
日本の約4割の国土に約1億6千万人が暮らし、高い失業率が大きな社会問題となっているバングラデシュ。雇用の場の創出へ向けて着目したのが、宗教行事で大量に発生する牛革の有効利用だった。 雇用を生むには、多くの人に届く商品を作らなければいけない。後発のノンブランドでも闘えるポジショニングとして「ビジネス」シーンに狙いを定めた。
原口さん: 「プライベートでは好きなブランドを選びますが、ビジネスシーンではブランドで選ぶというよりも、ノンブランドでいいから、高品質でリーズナブルな方がいい。そんなビジネスアイテムにこそ、私たちの道があると考えたのです。」 バングラデシュで最初に採用した2人は東京の老舗メーカーで修業。包丁研ぎからスタートし、革製品の角に放射状にヒダを寄せる「菊寄せ」や、革のフチにラインを引く「念引き」といった日本の技術を習得していった。
「ビジネスシーンに特化」したシンプルで機能性の高いデザイン、そして日本のもの作りの神髄を学んだ職人たちの手による確かな品質の革製品は、30〜40代のビジネスパーソンのニーズに合致。インターネットの楽天市場などでランキング入りするほどの反響を呼んだ。 革製品にイニシャルやメッセージを直接刻印できる「刻印」サービスでギフト需要を喚起。特に「父の日」や「敬老の日」の子どもたちの手書きのイラスト刻印は大ヒットとなった。
ボーダレス・ジャパングループは創業から5年後、代表の田口の子育てを機に、福岡にもオフィスを構えた。東京との2拠点体制のカタチだが、グループ内企業は全国各地、世界各地に広がっている。ビジネスレザーファクトリーは福岡で事業を開始。家賃などの固定費が抑えられ、かつ「スタートアップに優しい街」である福岡にオフィスを構え、店舗展開については「ビジネスパーソンが多数行き交う場所」という視点で立地選択。着実な業績を上げてきた。
緊急事態宣言で直営店休業の危機。オンライン接客で乗り切る
順調な歩みを続けてきたビジネスレザーファクトリーだったが、コロナ感染症拡大による緊急事態宣言で今春、直営店は一時休業を余儀なくされた。
100人の販売接客メンバーに対して希望退職者を募るか、あるいは雇用調整助成金で乗り切るか? 同社はそのどちらも選ぶことはせず、全員リモートワークに移行。オンライン接客を始めることにした。 店舗で実際に商品を手に取るのとは違い、限界はある。しかし「丁寧な説明でわかりやすい」「自宅で安心して買い物できてよかった」とオンライン接客はなかなか好評で、満足度の高いサービスになったという。 「企業が何を大事にするかが、問われた期間でした」と原口さんは振り返る。今後の出店戦略についても考え直させられた。だが、「店舗を増やし続けていく」方針が揺るぐことはなかった。 原口さん: 「EC比率が上がるのは世の中の流れ。ですが、私は、販売接客業は「匠の仕事」だと考えています。それは、ロボットではできない、手触り感のあるコミュニケーション。今後は、そうやってお客さまと対話する企業が、生き残っていくのだと思います。」 今後も年に6店以上のスピードで出店。数年のうちにはアジアへの出店を具体化するとともに、アフリカに自社工場をつくる構想も進めていきたいという。 原口さん: 「ビジネスレザーファクトリーは、働く人を応援するブランド。安心で安全な労働環境で、安定的な収入を得て、やりがいと誇りを持って働くことのできる社会、作り手と売り手、買い手の「働く」をつなぎ、「世界中の『働く』を楽しく」の共創を目指していきます。」 店頭のデジタルサイネージには商品イメージと共に、現地工場の製造光景が流されている。そこに映し出される職人たちの誇り高く、生き生きとした笑顔からは、「アジアの貧困」を超えた「『働く』を楽しく」の実現、確かな希望が伝わってくる。
ビジネスレザーファクトリー株式会社
■事業開始:2014年 ■住所:福岡市東区多の津4-14-1 ■電話:092-292-9552