東京大学の入学式祝辞で一躍時の人となった上野千鶴子さん。日本を代表する女性学のパイオニアです。前回に続き、昨年2月に上野千鶴子さんを招き開催した天神キャリア塾、今回はトークセッションをお届けします。女性活躍が主要政策となりながらも女性活躍後進国から抜け出せない”今”だからこそ、上野さんからの福岡女性に向けたメッセージ。ぜひ、読んでもらいたいです。
男は正論とロジックでは動かない。
村山: 私は、福岡の情報誌アヴァンティで、男女平等の理念を「男女平等」や「ジェンダー」の言葉を使わずに伝えようとしてきました。活字にすると読者に引かれてしまうから。 上野: 最近の若い子たちは、ジェンダーとかいう言葉を知らなくたって、男が自分より優れた生き物だなんてこれっぽっちも思ってない。 村山: 確かに。 上野: 10年前だったら、「フェミニズム」をタイトルに入れた本は、出せてませんよ。周囲の拒否反応で。 村山: 今年1月に出版された、漫画家の田房永子(たぶさえいこ)さんとの共著の『上野先生!ゼロからフェミニズムを教えてください』ですね。すごくおもしろかったです。 上野: 以前は、フェミニズムってタイトルつけたら売れませんって編集者に言われた。最近ちゃんとフェミニズムをつけて売れるようになって、風向きが変わったなと思います。 村山: #MeToo(※)の影響、大きいですね。 ※ #MeToo=「私も」を意味する英語にハッシュタグ (#) を付したSNS用語。セクハラや性的暴行の被害を告発・撲滅する運動の際にSNSで使用されている 上野: おっさんたちのフェミニズム理解っていうのは、「あ、そっか。男女平等って、キミたちはボクらのようになりたいんだね。女捨てて、かかってこい」とか「キミたちはボクたちのポジションを奪いにきてんのか」っていうもの。 思っちゃいねーよ、そんなこと!男になりたいと思ったこともなければ、男がうらやましいと思ったこともないのに。 村山: 私たち世代の企業の管理職女性は、男性と同じ働き方をしてきた方も多いです。 上野: 男という生き物をずっと観察してきて分かったことは、男は正論とロジックでは動かない。利害で動きます。 あ、会場には納得しておられる方もいらっしゃるようですね。自分たちの既得権益が侵されることに彼らは防衛的に反応するんでしょうね。
逆風にドーパミンが出るの。
村山: 「上野さんは、ものすごい批判や反論を受けて来られたと思うんですけれども、面倒だったり怖くなったりすることはありませんか?」という質問を参加者からいただいています。 上野: 悔し泣きしたことは何度もあります。でも、私は、逆風が来ると、来た来たー!!と脳内ドーパミンが出るの。 村山: 炎上したりするでしょ? 上野: 炎上してなんぼ。下手なドラッグよりもドーパミン効果があります(笑)。 批判を受けたら、相手が言ってることの、どこをどう突けばいいのか、ばーっとシミュレーションするんですね。最善から最悪の選択肢まで考えておく。 批判やバッシングを受けた時に、大事なことは、自分に理があると確信できること。それと、仲間がいることって、ものすごく大きいですね。 私が一歩前に出る人に必ず言うのは、絶対に孤立しちゃダメよ、仲間のサポートってすごく大事よって。仲間がいるから退かずにいられる。
村山: 仲間がいると勇気が出ます。 上野: 例えば、おっさんとやり合うとするでしょ。さっきも言ったように、おっさんは論理では絶対納得しない。だから彼らを説得することはできない。 教理問答みたいなもんだから、勝敗がつかない。だから、どうするかって言うと、論敵に向かってではなく、聴衆に向かって話をする。 二人のうちどっちの言い分が正しいと思う?って。結果的に聴衆が私の側についてくれたら、それでOK。 おっさんと話すときは、できるだけ相手がアホに見えるようにおっさん転がしするの。だけどね、これをやると後でツケがくる(笑)。恨まれる。 村山: 私もお茶くみ問題で論争して中小企業の経営者男性に誌面に座談会で登場いただいたことがあります。20年くらい前の話ですが。 上野: おっさん、悔い改めないでしょ? 村山: 説得できませんでした。息子の代にかわらないと無理だと思いました。読者から驚きの反応、多かったです。 上野: だから、おっさんは恐竜のように消えていただくしかない(笑)。
情報発信の手段を持つことは大事。
村山: ジェンダー叩きが激しい頃、東京都で上野千鶴子さんの講演が中止になったことがありましたね。 上野: 2000年代には逆風がすごく吹き荒れました。その逆風の張本人が、安倍晋三という人ですよ。私の講演を、ダメって言ったのは、当時の石原慎太郎都知事。だから私は、東京都知事認定危険有害人物です(笑)。 村山: 図書館で上野さんの本が全て外されたこともありました。 上野: そうなんです、危険有害図書って。 村山: まるで焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)でしたね。 上野: 福井焚書坑儒事件のときに撤去された本の中に、福島瑞穂さんの『結婚は博打である』というのがあって、その話を結婚している友人に言ったら、「あら、そのとおりじゃない」って(笑)。ほんとのことを言うと、危険有害って言われるのね。 後で福島瑞穂さんと会ったら「あなたたち、バックラッシュサバイバーなのね」って言われました。(※) ※バッククラッシュ=ある流れに対する「反動」「揺り戻し」の意味。 男女平等や男女共同参画、ジェンダー運動などの流れに反対する運動・勢力 村山: 九州でも、議会の周りに街宣車が来て男女共同参画条例制定を反対した、と聞いたことがあります。怖くて闘うのをやめた人もいらっしゃいますか?
上野: やめませんよ。でも、発言の場が奪われましたね。マスコミに頼っていても、マスコミはおじさんたちが牛耳ってるから、情報発信できないんですね。 だから、自分たち自身の情報媒体を持つのはものすごく大事。私たちのウィメンズアクションネットワークは、そのために作りました。 村山: そうなんですか。女性をつなぎ、フェミニズムを次世代につなぐためのサイトですね。 上野: ウィメンズアクションネットワーク(通称 WAN)には、とても悲しい出生の秘密があります。橋下徹が大阪府知事になったとき、大阪府立男女共同参画センターの取り潰しをしようとした。それがきっかけで作ったんです。だから元橋下府知事が、WANの産婆さん。 コーナー際に追い詰められて、撃って出るしかない。オルタナティヴ(※)なメディアを持たないと反撃できないなと思って。(※オルタナティヴ=代替的な) ネットの世界に出ていかないとフェミニズムが広まらない、サポートが得られないと、背水の陣でスタートしました。 村山: そして10周年を迎えたWANは、いまではすごい情報量のWEB メディアです。上野さんは、ツィッターでも盛んに発信しておられます。
フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想。
上野: 女性は、野心で動くよりも、自分自身が弱者であることとか、弱者を抱えてきたこととか、いずれ弱者になることに対して、想像力があると思う。 男女平等って、「男と同じになりたい」じゃなくて、「違っていても差別されない権利」のことです。 村山: 違いを認め、尊重する。 上野: 「フェミニズムは、弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想だ」って言ったら、そんなフェミニズムの定義、初めて聞いたって言われて、びっくりしました。 強者ってずっと強者ではいられないのよ。強者であるって人生の一瞬のこと。誰でも必ず弱者として生まれて、いずれまた弱者に還っていくことを、女の人たちは自分の経験の中からよく知っています。 別に男に取って代わろうとか、男のように強者になりたいとか思ってるわけじゃない、そこのところはちゃんと分かってほしいですね。
村山: 上野さんが、東大をお辞めになる時の退官記念講演のビデオを観て、最後に「バトンを受け取って」と手を差し出された瞬間、泣きました。感動的な講演でした。 上野: WANには、女性学のパイオニア世代の研究者が退職する時の最終講義が、動画アーカイブに蓄積されています。最終講義って、一生に1回。どの講義も素晴らしい知の遺産だと思う。サイトには誰でもアクセスできますから、見てほしい。 村山: 今日はたくさんの若い方たちが来てくださいました。上野さんのバトンを「私が受け取って頑張っていこう」と思ってくださった方がたくさんいらっしゃるんじゃないかなと思います。 上野: この場に来てくださって、ありがとう。あなたがたに、私たちのバトンを受け取ってほしい。私たちも、私たちの前にいたおネエさまたちからバトンを受け取ってきたから。 自分より前に生きた女性たちのおかげで、私たちもちょっとずつ楽になってきた。この年齢になると、こんな世の中にして本当にごめんなさいって思う。でも、謝らなくて済むような世の中を、次の世代に手渡したいですよね。 だから一緒に頑張ろうね。 ありがとう。 —- その後の懇親会では、上野さんの周りは最後まで女性たちの渦が途切れず、上野さんは一人ひとりと真摯に向きあって、声をかけたり、抱きしめたり、福岡の女性たちを勇気づけてくれました。 文=村山 由香里
参加した方の声
〇「一生の宝物になる言葉をいただきました」 〇「フェミニストの思想を誤解していました。自分の中にあるフェミニズムに蓋をしていたようにも感じます」 〇「今0歳の我が子が社会人になる頃には、もっと生きやすい社会になってほしい」 〇「私は上野先生のバトンを受け取り、私なりのかたちで表現したいと勝手に思っています」 など、様々な感想を聞きました。
後日、上野さんから福岡のみなさんへメッセージが届きました。
「あったかい場でした。村山由香里さんへのリスペクトと愛が満ちていました。 ひとがひとに贈ることのできる最大の贈り物は、信頼と友情。 村山さんが築いたその場に、彼女はわたしを招き入れてくれました。 女同士の関係は、男のあいだのようなパワーゲームとマウンティングではありません。 弱さを認めて支えあう関係。村山さんがただの成功した女性ではなくて、弱さをさらけだしてくれたからこそ、培われた関係。ああ、そうか、こうやって何度でも、周囲に支えられて、やりなおせばいいんだ、って。 そしてそれこそが新しいロールモデルになると思います。 上野千鶴子」