福岡の経済界に精通する、近藤 益弘さんが、福岡の現在(いま)、そして未来(あした)を多彩なランキングを切り口にしながら、展望していくシリーズです。 福岡市は、市内総生産のうち9割強を卸売・小売業などの「第三次産業」が占めるという産業構造を持った都市です。なぜ、福岡市は第三次産業に特化した都市になったのでしょうか? そして最近、〝買い物が楽しいまち〟として注目される秘密は何なのでしょうか? 今回、この疑問について考えてみます。
福岡市の第三次産業比率が、人口100万人超都市でトップになった理由とは?
福岡市の市内総生産に「第三次産業」の占める割合は、人口100万人超の国内12都市の中で第1位――。福岡市の市内総生産は、東京都、大阪市、横浜市、名古屋市に次いで国内5位となる7兆4974億円だった(2015年度公益財団法人福岡アジア都市研究所発行『FUKUOKA Growth 2020』)。
生産活動で1年間に生み出された付加価値の総額である市内総生産は、農林水産業を主体とした「第一次産業」、製造業や建設業などの「第二次産業」、卸売・小売業や金融・保険業、不動産業などの「第三次産業」に大別される。 福岡市の場合、第三次産業の割合は91.1%を占め、人口100万人超の国内12都市の中でトップだった。なぜ、福岡市は、第三次産業に特化した産業構造を持つ都市になったのだろうか。 福岡アジア都市研究所の畠山尚久情報戦略室長は、次のように解説する。 畠山室長: 「市域内に一級河川が無く、工業団地用地も無かった福岡市は、早くから「都市型産業」への特化を目指した結果、第3次産業が大きく成長しました。 日本全体が第三次産業化した今日において、福岡市の取り組みには先見の明があったと言えます。 産業が高度化・情報化していく中、ICTやコンテンツなどのこれからを担う産業が集積する福岡市は、もともとの強みである卸売・小売業やサービス業と組み合わされることで、次世代の産業へ進化していく可能性もあります。」
福岡市は工業都市を目指す!?――。日本初の総合計画を策定した福岡市は、なぜ商業都市へ路線転換したのか
十分な工業用水や工業用地を確保できなかった福岡市は、結果的に第三次産業に特化した都市になったものの、1960年代初めには工業都市を目指していたのだ。 自治体が住民と共に目指す都市像を定め、行政サービスや都市経営などの骨格となる総合計画を日本の都市で初めて策定したのは、福岡市だった。「第1次総合計画」を策定した1961年当時、国を挙げて第二次産業の振興を目指した時代であり、福岡市もまた工業都市を目指していた。 しかしながら、翌1962年、西日本新聞社が有識者らで組織した『都市診断委員会』は、「根本的な考え方や、市の未来図の描き方が不十分で、市民を説得する迫力に乏しい」との診断結果を発表した。 その後、1966年に策定した「第2次総合計画」では、商業地としての福岡・博多の歴史を踏まえ、第三次産業を重視した路線へと大転換した。その結果、第三次産業主体のまちづくりを進めることで、福岡市は順調に発展し、1972年には川崎市、札幌市と共に政令指定都市となった。 1975年、福岡市の人口は100万人を突破。1979年には北九州市の人口を追い抜き、九州の経済・情報・文化の中枢機能を担って発展を遂げた。そして、卸売・小売業をはじめ第三次産業のウェイトが高い福岡市は今日、〝買い物が楽しいまち〟としても注目されることとなった。
地域・立地別売上高
なぜ、女性にとって〝買い物は楽しい〟行動なのか?
「ぼくのお母さんもおばあちゃんも、買い物の時間がとても長いです。どうしてですか?」―-。2019年9月13日放送のNHK番組『チコちゃんに叱られる!』において、7歳の男の子からの質問が紹介された。 番組では男女間の脳の違いに基づき、女性は買い物で何を買おうか迷っている時に〝快楽ホルモン〟との別名をもつドーパミンが脳内に放出されていると説明した。さらに悩み抜いて選んだ商品を買った後、女性の脳内は〝幸福ホルモン〟と称されるセロトニンで満たされるとの回答だった。つまり、女性が感じる〝買い物の楽しさ〟は、脳内ホルモンと関係する。 「なぜ、買い物は楽しいのか」というテーマについて、企業経営やマーケティング戦略などのコンサルティングを手掛ける株式会社えとじやでマーケティングを担当する、中小企業診断士の山下和美さんは、次のように考える。 山下さん: 「ショッピングには所有欲を満たす喜びと違う側面もあり、むしろ、それに至るまでの過程で商品を見ながら、想像を巡らせている時間が最も楽しく感じます。 〝楽しいお買い物を提供する売り場〟とは、記憶や想像力を刺激するような店づくりで自由な妄想を抑え切らず、それを膨らませるような情報や、相づちを入れてくれる店員に出会えるお店なのではないでしょうか。」
〝買い物が楽しいまち〟福岡市の都市構造を考える
品ぞろえやショップ構成、販売員の接客、商業空間や都市構造……。買い物という消費行動において、女性が脳内ホルモンのドーパミンやセロトニンを分泌させる上でさまざまな要素も絡んでくる。中でも都市構造に関して福岡市は長年、天神エリアと博多駅エリアという〝二眼レフ〟構造となっていた。
地区別売上高(福岡市)
岩田屋、福岡三越、博多大丸、イムズ、ソラリアプラザ……。個性的な百貨店や商業ビルなどが立ち並ぶ天神エリアは、〝テーマパーク〟的な街並みといえる。1910年開催の「第13回九州沖縄八県共進会」の開催に向けて、福岡城の外堀だった肥前堀を埋め立てた用地が今日、天神エリアの主要地となっている。
一方、半世紀前の博多駅の現在地への〝引っ越し〟に合わせた区画整理事業で誕生したのが、博多駅エリアだ。今日では、博多阪急やJR博多シティ、KITTE博多などが博多駅を核にひしめき合って〝モール〟的に集積している。
異なる二つの個性を持った都心核である天神エリアの西鉄福岡駅と博多駅エリアのJR博多駅は直線距離で1.9kmしか離れていない。 両者の中間に位置するのが、人気観光スポットでもあるキャナルシティ博多だ。〝都市の劇場〟をコンセプトに誕生したキャナルシティ博多は、商業施設やホテル、映画館、劇場、ビジネス棟などの複合商業施設の枠を超えて、一つの〝まち〟としての様相を呈する。
〝テーマパーク〟的な天神エリア、〝モール〟的な博多駅エリア、〝まち〟的なキャナルシティ博多と、三者三様の個性を持ち、それぞれにユニークな店舗やショップが軒を連ねる。これらの都心部に加え、MARK IS 福岡ももちやベイサイドプレイス博多、コマーシャルモール博多などの複合商業施設も市内に点在している。 九州経済調査協会事業開発部の松嶋慶祐主任研究員は、次のように分析する。 松嶋主任研究員: 「福岡市の都心部は、ショッピングに代表されるモノ消費に加えて、美容やエステなどのコト消費が多い点も特徴的で、九州一円からも買い物客がやって来ています。 2011年の九州新幹線全線開業に伴う博多シティの開業を契機に博多駅エリアは、平日・休日の買い物客が大幅に増えました。 一方、天神エリアも商業施設や売り場のリニューアルなどを通じて商業地としての魅力を保っており、結果的に両エリア共に伸びています。」
“買い物が楽しいまち福岡”は今後、いかに進むべきか
〝買い物が楽しいまち〟では、モノ消費やコト消費を楽しみながら、取得や体験による喜びも重要になる。特に女性の場合、買い物という行為を通じて脳内ホルモンのドーパミンやセロトニンを分泌できる〝場〟といえる。 今後、天神エリア、博多駅エリアが都心再開発を通じて、より〝買い物が楽しいまち〟になることが期待される。そのためにも旧来の手法に加えて、行動心理学や大脳生理学などの知も織り込みながら、さらに〝ドーパミン、セロトニンを分泌できるまち〟にしていくことが重要ではないだろうか。これらの取り組みは、台頭著しいインターネット通販に対して、リアルな販売の場が対抗し得る道につながると、筆者は考える。 文=近藤 益弘
<参照サイト>
福岡アジア都市研究所『FUKUOKA Growth 2020』 http://urc.or.jp/wp-content/uploads/2020/04/FukuokaGrowth2020-report.pdf 福岡市経済の概況』(2020年9月福岡市経済観光文化局) https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/46140/1/keizainogaikyoR2.09.pdf?20201001115353 福岡市の産業特性とポテンシャル ― ICT 産業を軸とした産業基盤強化に向けて― http://urc.or.jp/wp-content/uploads/2015/12/b5439ab83744af017e64c14005efd7ca.pdf 1960年代の福岡市変遷にみる都市戦略のあり方に関する史的考察 http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00897/2012/A62D.pdf