明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
まだ小学校に上がる前、祖母とS山の登り口にある〝権現さん〟まで石蕗(つわぶき)を採りに出かけた。
下の方は採りつくしたので徐々に山道を登って行った。
夢中で地面を見ながら進み、顔を上げたときには祖母の姿がない。
心細くなったそのとき、山の中から「誰やー」と声がした。
怖くなって斜面を転げるように駆け下りると、心配顔で祖母が待っていた。
「姿の見えないものの呼びかけには答えてはだめよ」
山中の声の話を聞いた祖母は真面目な顔でそう言った。
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時は移り、今から5年前の2月、C県のホテルに宿泊した。
荷物を片付けると楽しみにしていた最上階の大浴場を目指す。
このホテルに決めたのも大浴場があるからというのが大きかったのだ。
チェックインがかなり遅くなったため、他の客は洗い場に一人が座っているだけだった。
体を洗い湯船に浸かっていると、ぼそぼそと小さな声が途切れることなく聞こえる。
「さっきの客の独り言か…」
そう思いながら湯船から上がり、なるべく離れた洗い場に座り頭を洗っていると真後ろで声が聞こえた。
「…じゃないん…誰のせ…もうい…か?」
「?」
反射的に振り返ると誰もいない。
大浴場自体がたいそう不気味に感じられ、そそくさと頭を洗い流し部屋へ戻った。
コンコン…コンコン
ドアをノックする音で目が覚めた。時間は午前1時を回っている。
風呂での出来事を考えながらベッドに寝転がっているうちにそのまま眠ってしまったらしい。
コンコン…コンコン
こんな時間に…ホテルの人か、部屋を間違った客か?
そう思いながらドアに近づくとくぐもった子どものような声が聞こえた。
「だぁれぇ? だぁれぇ?」
思わずドアを開けそうになったその時、何十年ぶりかに祖母の声が甦った。
「姿の見えないものの呼びかけには答えてはだめよ」
気配を殺しながらドアスコープをのぞく。
そこには誰もいなかった。
その翌年、気になったので同じホテルに泊まってみた。
最上階は工事中ということで立ち入り禁止、大浴場はフロアが変わっていた。
あのとき、あの声に答えていたらどうなっていたのだろう?
チョコ太郎より
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