續・祖母が語った不思議な話:その弐拾陸(26)「火車」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」、多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 小学二年生の雨が降り続く日曜日。
 遊びにも行けず縁側で本を読んでいたがそれにも飽きてきたので、横でやいとを据えていた祖母に話しかけた。

 「おばあちゃん、前に猟師さんの話聞かせてくれたよね」
 「ああ、Hさんのことだね」
 「うん。他にもHさんの話ってある?」
 「じゃあ私のお父さんから聞いた話をしてあげようかね」

…………………………………………………………

 祖母が八歳になった春、猟師のHさんが愛犬のブチを連れて父を訪ねて来た。
 お互いに近況を報告しあい、無事を祝って乾杯した。
 土産の鹿肉を肴(さかな)に杯を重ねるうちに話はHさんが山で体験した不思議に移っていった。
 父は興味深くさまざまな怪しい出来事を聞いていたが、Hさんが酒を呑むため話が途切れたのを見計らってこう切り出した。
 「そんだけいろいろ経験しとれば、怖いもんはなかろう?」
 「いやいや、山に行くのをやめようと思うくらい恐ろしかったこともあったぞ」
 「その話を聞かせてくれんか?」
 「よし!」
 二人は同時に杯を干した。

 「あれは五年くらい前の六月だったな。初めて行ったO県の山中で迷うての」
 「猟師でも迷うんか?」
 「そんときゃ猟じゃなくて、犬も連れておらんかったからな。妹が子を産んだんで祝いに駆けつけたのよ。そこでしこたま呑んだあげく、つい山に入ったのが間違いだった。鹿の足跡を見つけてついつい追って行き、迷うてしもうたんじゃ」
 「それで、どうした?」
 「すっかり夜になってしもうてな…星で方角は分かったんじゃが、元の道に戻れん。仕方がないので反対側から下って行くと明かりの灯った小さな家があったんで戸を叩いた」
 「ほうほう、それで?」

 「中から四十がらみの男が出てきたんで、こんな夜更けに突然訪れたことを謝って泊めてくれと頼んだ。男は泊めるのはいいが一つ頼まれてくれんかと言うんじゃ」
 「どんな頼み?」
 「中に入ると、その日に急死した男の父親ちゅう仏さんが座敷に寝かされておった。男は村の寺まで知らせに行かんといけんのに、一人しかおらんので行かれん。自分がおらん間、仏さんの番をしてくれるなら泊まってもらってかまわんと言うんじゃ」
 「おぉ、死人(しびと)の守か!」
 「うむ。困っとるようだったので引き受けたんじゃ。男が出て行ってからは枕元の線香を絶やさんようにしながら番をしとったんじゃが…酒呑んだのと山中を歩き回った疲れで、ついうとうとしてしもうた」
 「それで?」

 「妙な気配で目が覚めて、いかんいかんと線香に火をつけようとした時に…死人が動いた」
 「動いた? 死んでなかったんか?」
 「いや、最初に見たときに確かめた。確かに死んどった。なのにかけてあった布団が動いとる。今にも起き上がるんじゃなかろうかと思うて全身の血が引いた」
 「それで、どうした?」
 「逃げようとも思ったが、約束しとるからそうもいかん。壁まで後じさりすると立てかけてあった帚(ほうき)が倒れての。それで昔っからの言い伝えを思い出した」
 「どんな?」
 「死人が動き出したときは帚で叩くと止まるっちゅう話じゃ。見ると布団はいごいごとまだ動いておる。儂(わし)は帚を握り『南無三!』と振り下ろした!」
 「止まったか?」
 「いや、止まらん。『こりゃ火車じゃ!火車が亡骸(なきがら)を獲りにきたんじゃ!』と諦めかけたそのとき、布団から声が聞こえた」

 「声?何と?」
 「みう」
 「みう?」
 「布団をめくってみると三毛猫がおった。丁度そのとき男が坊さんを連れて戻って来たので聞くと、死んだ父親が可愛がっていた猫で、この二三日姿が見えなくなっていたっちゅうことじゃった」
 「なんじゃ猫か」
 「それは今だから言えることじゃ。死人が動き、呪い(まじない)が効かなかったあのときの恐ろしさは忘れられんぞ!」
 そう言うとHさんはぐびりと酒を流しこんだ。

 「その後は?」
 「暇(いとま)を告げ家を出たんじゃが、追っても追っても三毛猫がついて来てなぁ。男もどうか飼ってやってくれと言うんで連れ帰った」
 「とんだ火車に気に入られたもんじゃな」
 「うむ。でもな、あれが来てから獲物が途切れんのじゃ。不思議な猫じゃ」
 「名前はつけたんか?」
 「〝弥生(みう)〟じゃ。自分で名乗ったからな」
 「ええ名じゃ」
 二人はもう一度乾杯した。

チョコ太郎より

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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