義母は、40代の義兄と2人で住んでいます。ある日、義実家の食事会に参加すると、義母と義兄は何やら不穏な空気。親子喧嘩かと探りを入れてみたところ… 義母の衝撃的な行動が明らかに! 「義実家には、絶対に子どもを預けない」と誓った出来事です。
怒る義兄
ある年のお彼岸の話です。義父が他界しているため、お彼岸には墓参りをして義実家で食事会をするのが恒例行事。私たち家族4人と、義母と義兄の合わせて6人が集まります。
当時、息子達は5歳と小学生でまだ小さかったのですが、寡黙な夫と義兄のせいで食事会はいつも重たい空気。よくしゃべる義母と、私がいつも場を和ませようとしていました。
しかし、この時の食事会は、義兄が暗い表情。怒りのオーラまで放って、場を和ませることすら難しい雰囲気です。重苦しい空気で、せっかくの特上寿司の味もわかりません。
「これは何かあったな」と思った私は、静かに食事が終わるのを待ちました。
義母に真相を聞いてみると
食事の後、義兄が自室に戻ったのを確認。台所で洗いものをしながら義母に
「お義兄さん具合が悪そうでしたけど、大丈夫ですか?」と心配する素振りで尋ねました。
すると義母は
「この前ちょっとあってから、すぐ『頭が痛い』と言うのよ」と迷惑そうな口ぶり。
私は“ちょっと”が知りたくてたまりません。テーブルに戻って緑茶を飲みながら
「お義兄さんに何かあったんですか?」とまた心配そうに尋ねてみました。
普段は良く喋る義母。この時は控えめに語り出しました。
「この前、物置からお父さんの豆炭が出てきたのよ」と義母。
「まめたん?」と思いながら続きを聞く私。
「昔よく豆炭を使ったから、懐かしくて…。夜に暖房代わりに、火鉢で焚いて寝たの」と義母は話します「豆炭 = 暖を取る小さい炭」と私は理解しました。
義実家で起きていた衝撃事件
義母 「そうしたら、○○(義兄)が夜中に2階から降りてきて、私の部屋に倒れ込んだのよ!」
私 「それって…」呟く私を尻目に義母は続けます。
義母 「そうなのよ。なんか中毒症状が出たらしいの。それで翌日病院に行ったら、『一酸化炭素中毒だ』って医者に言われて」義母は、全く悪びれる様子はありません。
隙間が多い昔の木造家屋と違い、気密性の高い現代の家で窓を閉めきって練炭を焚けば、一酸化炭素中毒になる可能性も高くなるでしょう。温まった熱と空気は上に行くので、2階に寝ていた義兄だけが体調不良になったようです。
義母はすぐさま家中の窓を全開にして換気。義兄はひどい頭痛に苦しめられながらも、一晩様子を見ていたそう。私は「なぜすぐに救急車を呼ばなかったのか」ふと疑問に思いました。
義母の真意はどこに? あまりの恐怖に固まる私
夫(義父)を亡くしてからの義母は、精神的に不安定になりやすく、お彼岸や命日が近くなると
「お父さんのとこへいきたい…」と言って様子がおかしくなると聞かされてはいました。
義母の本心は闇の中ですが、“密室で練炭を焚いて寝ること”の怖さを、元看護師の義母が知らないとは思えません。つい「もしかしたら、親子で…」と勘ぐってしまいました。
今も頭痛に悩まされているという義兄に対しては
「大袈裟なんだから…」とぼやく始末。義母は自分の不幸話を語るのは大好きでも、自分以外の人の苦痛には理解がありません。
私は、どうしても疑惑がぬぐえませんでした。
わが子は絶対に義実家に泊めません!
義母は、「古き良き日本の生活スタイル」を大切にする人。嫁入り道具の手製の鰹節削りを愛用し、孫たちに
「おばあちゃんが小さい頃は、これは子どものお仕事だったのよ」と言いながらやらせる性格です。
もし今回の事件が、孫が泊まりにきた時だったら。豆炭を見せようと、夜に焚いていたら…。取返しのつかない事態を想像して、鳥肌が立つほどの恐怖がこみ上げました。
そんな事件があっても、自分に実害がなければ気にしない性格の夫。でも私は『絶対に子どもたちを義実家には泊めない』そう固く誓い、10年が過ぎました。
今でも年に数回、義母は不安定な状態に陥っています。
私が
「義母は専門医に診てもらった方がよいのでは」と進言しても、夫も、義兄も聞く耳をもちません。なぜなら、彼らは義母にそっくりで他人に興味がないのです…。
(ファンファン福岡公式ライター / 文月)