年に数回の授業参観。保護者にとって子どもの学校生活を見学できる貴重な機会ですが、あまりに人数が多いと地獄を見ることに。今回は、子どもの授業参観で感じた「学校にお願いしたいこと」と「私たち保護者の反省点」についてお話しします。
コロナ明けの授業参観は大行列
息子が小学校に入学したころは、コロナ禍の真っ只中。
去年までの授業参観は少人数制で行われていました。参観日を丸1日設け、「A地区の人は2時間目」「B地区の人は3時間目」など地区ごとに見学する時間分散制です。
そのため、1回の参観人数は1クラスあたり10人以下。参観方法も、教室内に入らず、廊下から中を覗くスタイルで行われていました。
小学校3年生になった今年は、コロナ明けということで、「授業参観も従来の形にします」という通知が届きます。地区ごとの時間分散制で行っていた授業参観を、一斉参観のスタイルに戻すとのことでした。ただし、参観人数は1家族につき2人までとのことです。
ここで疑問が浮かびます。息子の学年は人数が多く、1クラス約40人。生徒1人あたり1人の保護者が来るとしても、40人の保護者が集まることになります。お休みの生徒や、都合で行けない保護者がいるとしても、たくさんの人数が限られたスペースで参観できるのかな…。
一抹の不安を覚え、早めに学校へ着くよう出発します。参観が始まる15分前に到着したのですが、不安は的中。正面玄関からすでにラッシュ時のホームにそっくりな行列ができており、玄関からクラス前にたどり着くまで10分程かかりました。
人が溢れる教室と親の参観態度にげんなり
玄関も廊下も保護者でいっぱいですから、もちろん教室も大混雑。まるでおしくらまんじゅうです。教室の限られたスペースに40人分の机を入れるのですからそれだけでもいっぱいで、さらに教室の後ろは保護者がびっしり。
授業が始まるチャイムが鳴っても、許容量オーバーした教室に入室できなかったため、廊下から見学することにしました。
そしてここで問題が勃発。廊下で参観していた保護者の中でおしゃべりをやめない人たちがいるのです。
教室内ではおしゃべりに興じる保護者はいませんでしたが、廊下では気が緩むのか、話し続けているお母さんたちがあちらこちらにいました。ただでさえ聞こえづらい教室内の話が遮られますし、単純にうるさくて気になります。
廊下で静かに参観する保護者たちは迷惑そうに目線をやりますが、話し続ける本人たちは気づきません。一部の保護者のおしゃべりは、廊下にいる間じゅう続いていました。
授業の途中で先生から
「どうぞお子さんの近くで参観してください」と声が掛かり、教室の後ろにいた保護者が前のほうへ移動します。そのため、廊下で参観していた私たちも室内に入れました。子どもの学習の様子を間近で見学できる貴重な機会です。
しかし、正直に言えばやっぱり狭い。ギュウギュウに敷き詰めた机と机の間で、周囲に気を遣いながら身を細くして立っている状態です。
授業が終わるころには、通勤電車に乗っていたかのような疲労感でぐったりしました。
授業参観のあり方と気遣い
授業参観を一斉に行うメリットは理解しています。分散参観より学校の負担が少ないですし、参観の後に保護者会を行うならば一斉参観のほうが時間の都合をつけやすいでしょう。
しかし、クラスの人数が多い場合、コロナ禍での分散参観のほうが安心できたと言わざるを得ません。参観終了後、学校のアンケートに「分散参観の継続」や「参観人数を1家族につき1人までにしていただく」など、検討をお願いする旨を記入しました。もちろん希望通りにいくとは思っていませんが、良い方向へ行けばいいなあと感じています。
そして何より大事なのが参観する保護者1人1人の気遣いです。今回は、周りの保護者のおしゃべりが気になったのですが、近くに仲の良いママ友がいるなど、立場が違えば自分も同じことをしていたかもしれません。
基本的なことではありますが、授業中は保護者同士の会話は控える、場所を譲り合って参観するなど、気遣いを忘れないようにしなければ! と、自戒しました。
子どもの授業参観は親にとって一大行事。誰もが気持ちよく参観できるよう、協力していきたいです。
(ファンファン福岡公式ライター/芦谷)