「ばりえじか話ば今からするけんね。」 という方言全開の前振りで始めれば、ちょっとは和んで聞いてくれるだろうか。
(標準語圏の人に急に怖い話をしようとして、怒られたときに思ったこと) —————————————————– たまに、出身が違う人と会話していると、不思議な「間(ま)」ができるときがあります。 仕事で、茨城出身の後輩と、車で出かけたときのこと。 所要を済ませて駐車場に戻ると、熱気のこもる車内に、アイス(だった)コーヒーが放置されていました。後輩が購入したものでした。
後輩「あっつ(熱)!やばいこれ、ホットになってます(笑)」 猛暑日です。日当たりのよい場所に置きっぱなしにしていたから、当たり前です。 私「ホットも楽しんでみればいいじゃない。」 後輩「飲めってか。」 私「ウソウソ。絶対ねまってるからやめといた方がいいよ。」 と、軽口の応酬を続けていたら、来ました。あの「間」が。
最近気が付きました。 これは私が知らずに方言を会話に混ぜ込んでしまい、相手がその意訳を考えている「間」なのでした。 こいつは失礼、と思いながらも、方言センサーみたいでちょっと楽しい、とも思い始めた、今日この頃。 今回、そのセンサーに引っかかってしまったのは、 「ねまる」 標準語に言い換えれば、「腐る」ですね。 使用範囲は広く、九州全土、果ては広島なんかでも使用されているんだとか。 語感だけで捉えるなら、「腐る」より「ねまる」の方が、より粘着質に腐っている臨場感が伝わってくる気がします。 ビバ、方言。
九州と東北では似ている方言がある、と以前書いたことがありますが、なんと「ねまる」もそれに当てはまります。 東北では、「ねまる=座る、とまる」という意味で遣われているそうです。 「あの電線にスズメがねまっとる。」
というように遣うみたいですね。 九州と意味が違うじゃないか、と思われそうですが、この「ねまる」という言葉、ひも解くと意外な事実が分かってきます。 17世紀初頭に、「日葡(にっぽ)辞書」という、日本語をポルトガル語で説明した辞書が、長崎で発行されました。 長崎と言えば、鎖国時の貿易都市です。この辞書を編纂したポルトガル人はきっと、長崎の言葉から日本語を知っていったのですね。 なにせ日葡辞書の中には、「ねまる」の項目があるのですから。 そしてその意味として、 「黙座する」と「腐る」の、両方が記されています。
まったく違う行動・現象が、なぜ同じ言葉で表現されていたのか。 この2つの意味を、切り離さずに想像してみてください。 食べ物や飲み物をそのまま黙って座らせて(放置して)いると、……当然ながら腐りますよね。 つまり、 「(東北の意味で)ねまらせて」しまうと、 「ねまる(九州の意味で)」わけです。 「ねまる」が、「腐る」という現象を想起して生まれた方言だとしたら、九州と東北でまったく繋がりがないわけではない、と思えてきませんか? 何はともあれ、まだまだ暑い日が続きます。 熱中症ももちろん、ねまっとる飲食物には、くれぐれもご注意を!