明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
まだ小学校に上がる前のこと。
「おばあちゃん、おこづかいちょうだい!」
「あら? 今日はもうあげたはずだけど?」
「…うん。もう使っちゃった。でも、どうしてもほしいものがあるんだ。もうお店に一つしかのこってないの」
「いったい何がそんなに欲しいのかな?」
「ブーメラン。『かいじゅうおうじ』が持ってるみたいな。10円だよ〜!」
苦笑しながら祖母はがま口を開けた。
「ちりりん」と音がした。
がま口に小さな鈴が着いているのに気が付いた。
「このすず、なあに?」
「あぁ、これかい? 私のおばあちゃんがくれたお守りだよ」
「へえ〜、おばあちゃんのおばあちゃんが…」
「話を聞くかい? それともお店に行く?」
「先にお話聞きたい!」
それじゃあと、祖母は話り始めた。
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祖母のおばあちゃん…つまり高祖母が六、七歳の頃、一人で里山の山菜を採っていた。
朝早くから始めたおかげでかなり採れたので、ひと休みと切り株に腰掛けお昼にした。
おにぎりを食べ終わり、沢の水を飲もうと歩き出した途端、急な眠気に襲われた。
あぁ瞼(まぶた)が開かない…周りが暗くなっていく…
意識が闇に溶けていった。
ざわざわという音に目を覚ますと床も壁も天井も真っ黒な広い講堂のようなところにいた。
周囲を見回すと真っ黒な服を着、真っ黒な頭巾を被り、赤い布で顔を隠した人たちがあちこちに座り込んでいた。
各々一本蝋燭(ろうそく)を立て聞いた事がないお経のようなものを唱えながら、手桶で石を洗っている。
大きいもの小さいもの、尖っているもの丸いもの…石はさまざまだったがどれも真っ赤だった。
さっきの音はこれだったのか…
怖くなった高祖母はそろりそろりと立ち上がると廊下へ出ようと戸を開けた。
そのとき一人が顔を上げ、高祖母を見た。自分と同じくらいの年格好の少女だった。
逃げるように廊下に出て、奥へ奥へ早足で歩いたが進めば進むほど暗くなっていく。
逆だったかと来た方へ向き直ると、そこにさっきの少女が立っていた。
「ここにいると戻れなくなるよ。家があるんでしょ? 帰りたいんでしょ?」
思わず逃げようとした高祖母の腕をつかむと怒ったように言った。
こわごわ頷くと少女はこう言った。
「金気(かなけ)の物は持っている? 刃物とか」
「刃物…持ってない」
「針は?」
「それも持ってない」
「そう…あっ、ここにいいものがあるじゃない!」
指差したのは髪飾りに着いている小さな鈴だった。
「これを振るの、目をつぶって。明るくなるまで振るのよ。いい?」
そう早口で言うと少女は部屋の中に消えた。
「ちりりんちりりん、ちりりんちりりん」
髪飾りを外すと高祖母は言われた通り目をつぶり、それを振った。
四、五回振ったとき夜が明けたかのように周囲が明るくなった。
おそるおそる目を開けると、沢の端に倒れていた。
水を飲もうと沢に下りる途中で足を滑らせ、斜面を転がり落ちたらしい。
頭を強く打ったようで血が出ていたが、もう乾き始めていた。
「ちりりんちりりん」
高祖母は鈴を鳴らしながら家まで帰った。
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「それからずっとお守りとして持っていたんだって。おばあちゃんが亡くなる少し前にこの話をし、そして鈴をくれたんだよ」
「すずってまよけになるんだ!」
「鈴の音は魔を祓い、神様を呼ぶって言われてるからね。金気が苦手な妖(あやかし)もいるしね」
「その…変な家はなんだったの?」
「おばあちゃんは『死人(しびと)が旅立つ準備をする家』だって言ってたよ」
「ふ〜ん、こわいなぁ。あっ! お店に行かなきゃ、しまっちゃう」
それから走って駄菓子屋に行った。
あれほど欲しかったブーメランではなく、小さな金色の鈴を買った。
「ちりりん」
振ってみると祖母の鈴によく似た音がした。
チョコ太郎より
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前回「こわいもの」に掲載した画像(下のものです)が気になって眠れないというご感想を頂きました。これは不安な気持ちを象徴するために作った画像です。元は木の根っこですが、虫の顔に見えるように加工しています(^^)