續・祖母が語った不思議な話:その伍拾壱(51)「湯治場にて」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。

 夏と冬、祖母は一週間ほど山口県の俵山温泉に湯治に出かけるのが常だった。
 どんなものかと一緒に行ったことがある。
 小学一年生の夏だった。

 「湯治場だから何もないよ」と言う祖母の言葉通り、そこは山の中の温泉地で土産物屋が二、三軒あるだけだった。
 そのうちの一軒で買ってもらったグリコならぬダリコというキャラメルをなめながら祖母と川沿いの道を宿まで歩いた。

 「運が良ければこのあたりでカジカガエルの鳴き声が聞けるんだけど…それはそれは、可愛らしい綺麗な声よ」
 立ち止まって目をつぶり耳を澄ませた。
 さらさらと風にそよぐ葉擦れの音。
 さわさわと流れる水音。
 山が鳴いているかのような蝉の声。
 それだけだった。

 「………鳴かないね…」
 「一週間あるから、きっと聞けるよ。さあ宿も見えてきた」
 「うん」

名物「三猿まんじゅう」

 宿は古かったが清潔で感じがよかった。
 「ここの温泉は薬師如来の化身の白猿が開いたっていう言い伝えがあってね。名物には『三猿まんじゅう』もあるのよ」
 受け付けに飾ってある温泉につかっている猿の絵を見ていると祖母が教えてくれた。
 部屋は川を見下ろせる2階だった。

 それから毎日、少し離れた湯治場に毎日通った。
 最初は祖母と一緒だったが、慣れてくると一人で行った。
 いろんな人が「一人で来るなんて感心感心」と言ってくれるのが嬉しかった。

 帰る前日の夕方、宿に帰ると祖母は先に戻っていた。
 「今日ね、不思議な話を聞いたよ」
 「どんな? 聞かせて!」
 ではと、祖母は話し始めた。

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 毎日湯治場で見かける母子がいた。
 母親は二十五歳で娘は三つ。挨拶を交わすうちに親しくなった。
 若いのに湯治とはと聞くと、夫に付き合って来ていると言う。

 「夫は二年ほど前に事故に遭いまして…あの頃は大変でした」
 「といいますと?」
 「夫の急な転勤で山口に越して来たのですが…家が悪かったんです」
 「家が?」
 「わりと新しい一軒家なんですが。まず私のお乳が出なくなりました。次に風邪ひとつ引いたことがなかった義母が突然倒れ、そのまま亡くなりました。その連絡を聞いて会社から戻っていた夫は車ごと崖から落ち意識不明の重体に…」
 「それは…大変でしたね」

 「近所の奥さんたちが親切にあれやこれや助けてくれたのが救いでした。その中の一人が『この家は良くないから、早く出た方がいい』と言ったのが気になって霊能者という人にお祓いをしてもらいましたが…夫の容態も変わりませんし、お乳も出ません。誰もいない夫の部屋からは畳を踏むぎしぎしという音がするんです。本当に怖くててホテルに泊まろうと荷物をまとめていたんですが、この子の姿が見えなくなったんです」
 「まあ!」
 「家中探すと…いました、夫の部屋に。なにかを頬張っているので引っ張り出してみると、どこから見つけたのか古い札のようでした。なにか文字が書いてあるようでしたが、なにせくちゃくちゃに噛み破っているのでそのまま捨てました。いよいよ出ようとしたときに電話が鳴ったので出ると、病院からの夫の意識が戻ったという連絡でした。ホッとして座り込んだ瞬間、お乳も出ました。今もその家に住んでいるのですが、おかしな事は起きていません」

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 翌朝早く祖母と一緒に温泉に入り宿で朝食をとった。
 荷物をまとめ宿を出てタクシー乗り場に向かっていると、向こうから若い夫婦と小さな女の子が歩いて来た。
 「良かったですね」と祖母が言うと夫婦はにっこり笑い頭を下げた。
 親子と分かれて歩き出したとき後ろから「コロコロコロコロ」と可愛らしい鳴き声が聞こえた。
 振り返ると女の子が手を振っていた。

チョコ太郎より

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