明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
時は江戸時代の末期、年も押し迫った頃。
祖母のおばあさんは隣町の竹細工屋にいた。
毎年の役目で正月飾りを買いに来たのだった。
いつもより出遅れたため店は客で溢れかえっていて、七歳だったおばあさんははじき出されてしまった。
「これでは売り切れてしまう…」
困って立ち尽くしていると、横の小道から上品な三十路の女性が出て来て手招きをする。
優しい笑顔に誘われるままについて行くとそこは竹細工屋の勝手口だった。
促されて中に入ると、乾菓子とお茶を出してくれた。
「見ていたよ。毎年買いに来てくれているね。正月飾りは大丈夫。私はこのお店の女将だから後で渡してあげるよ」
「あ、ありがとう」
「いいよいいよ。しかし繁盛するってのはありがたいねぇ…昔、店を畳もうかということがあったなんて嘘みたいだよ」
「そんなときがあったの?」
「三十年くらい前、この店はどうにも左前でね。年の暮れに主と女将さんは資金繰りに走り回っていた。雇い人も次々辞めてね。それでも残った数少ない人たちの中にあんたと同じくらいの歳の女の子がいたんだよ」
「あたしと同じくらいの…」
「遠くから奉公に来ていてね、頑張って働いていたんだよ。その子が『こんなときでも正月はちゃんと迎えよう』と主人から餅米を買いに行かされてね。言われた通りに買ってきて、台所に置くと表の掃除に出た。掃除を終えて戻ってみるとね無いんだよ、餅米が。お店が苦しい中、買った物だからその子は懸命に探したよ。それでも見つからない。怒られるのを覚悟で主に告げると、手をつかまれて奥の部屋に連れて行かれたんだよ」
「怒られたのかな…」
「奥の部屋の神棚には布で作られた古い古い女の神さまが祀られていたんだけど、その奥にあったんだよ! 餅米が。主は『神さんが持っていったんか! あぁ、これでこの店も大丈夫や、いい年がくるで!』と喜んでね。それから店の者総出で餅を搗(つ)いたのさ。搗き上がった餅は一番に女神に供えて、皆で黙祷した。そのときね『うむがし』と声が聞こえたんだよ」
「うむがし…?」
「古い言葉でめでたいって意味だよ。それからは主が言ったようにどんどん繁盛しだしてね、千客万来! めでたいじゃないか」
「良かった。それでその女の子はどうなったの?」
「主人に気に入られてね、一人息子の嫁になって今はお店を切り盛りしてるよ」
「え、女将さんが!?」
「左様でござる」と女将は威張った。
おばあさんが思わず吹き出すと女将も笑った。
こうして飾りを手に入れ、おばあさん一家はめでたい正月を迎えることができた。
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毎年、年の瀬が近づくと祖母がおばあさんから聞いたというこの話を思い出す。
チョコ太郎より
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