明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
江戸時代の中頃、ある町の造り酒屋の息子に佐助という遊び人がいた。
一人息子で甘やかされているのをいいことにやりたい放題。
商売ものの酒を浴びるほど飲む。
仲間を誘っては色里に入り浸る。
いくら負けようが博打も止めない。
ほとほと困り果てた両親は、徳の高い住職のいる寺に頼み込んで預かってもらうことにした。
寺男として働くことになった佐助だったが、頻繁に抜け出しては放蕩三昧をくり返していた。
僧たちはカンカンだったが、住職は何も言わなかった。
ある夜、いつものように呑んで寺に帰っていた。
満月が照らす夜道の先に何かがいる。
近付いてみると道ばたに女がしゃがんでいた。
女は若く美しく、大きな荷物を背負っていた。
「どうしなすった?」
「家に帰ろうとここまで来たのですが、荷物が重くて…すみませんが助けていただけないでしょうか」
「なんだそんなことか。荷物はおいらが持ってやる。さあ!」
「ありがとうございます」
女は佐助の手を引いて歩き出した。
「家は遠いのかい?」
「いえもうすぐでございます」
女に引かれるまま川沿いに四半刻(三十分)ほど歩いたが着く気配がない。
「まだだいぶかかるかい?」
「いえいえほんのちょいです」
どんどん知らない所へ歩いて行く。
無白頭
岩卯名
三流凪
由玖納
道に立つ一里塚や立て札に書かれている地名はどれも聞いたこともない。
「何と読むんだろう?」と考えながら歩いていた佐助ははたと気がついた。
なしらず…いわうな…みるな…ゆくな…これは警告だ!
川面を見るとそこには女ではなく牛のように大きな黒い影が映っている。
思わず手を離すと川辺にしゃがんだ。
「どうかなさいましたか?」
「いや、ちょいと水でも飲もうかと思いましてね…ごくり。あぁうめえ! あんたもお飲みよ」
「それじゃあ」と女がしゃがんだ刹那、思いっきり川の中に突き飛ばした。
それからは後も見ずに駆けに駆けた。酔いはとうに吹っ飛んでいた。
追って来る気配がどんどん近付く。
襟首に何かが触れたその時、寺の門が開き中に転がり込んだ。
住職が立っていた。
急いで門を閉めると住職は佐助を本堂に連れて行った。
佐助を座らせ声を出さないように言うと、若い僧に命じて剃刀と湯、そして藁で作った人形(ひとがた)を持ってこさせた。
住職は経を唱えながら佐助の頭をきれいに丸めると、剃った髪の毛を人形に埋め込んでいった。
「これを表に置いてきなさい。そして振り返らずに戻りなさい。口をきいてもいかんぞ」
若い僧は命じられた通りに人形を運んで行った。
「さて、後は寝て待てじゃ」そう言うと住職は去って行った。
佐助は恐ろしさに一睡もできず朝を迎えた。
「眠れなんだか。まあ無理もない。さて確かめに行こうかの」
住職に促され表に向かった。
昨夜置いた人形はどこにもなかった。
「ははは、もう大丈夫。厄は去ったぞ」住職は笑った。
「どういうことですか?」
「お主が行き会うた女はの、魔じゃ。あのままでは二三日うちに命が取られるところだったので、人形を身代わりにしたのよ。お主の髪を植え込んだので気付かず攫っていったようじゃな」
「ありがとうございます。おかげで命が助かりました」
「字を読めるよう育ててもらっておらんかったら今頃は…儂(わし)より親御さんに感謝することだな」
それから佐助は人が変わったように真面目になり、二年後家に戻ると立派に後を継いだ。
ただ髪の毛は常に剃り上げて伸ばすことはなかったそうだ。
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「これは私が子どもの頃、おばあさんが聞かせてくれた話だよ」
語り終えた祖母は昔を思い出しているかのようだった。
チョコ太郎より
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