明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズです。
社会人になって数年経った夏、実家の整理をしていると箪笥の奥から木箱が出て来た。
箱には若くして逝った母の字で私の名前が書いてあった。
中にはへその緒といくつもの結び目がある古い糸が入っていた。
祖母に見せると一瞬驚き、そして笑顔になった。
「大切に持っていてくれたんだね」
「へその緒は分かるけれど、こっちの糸は何?」
「これは私のお母さんからもらったものでね、それをあなたのお母さんにあげたのよ」
「いったいこれはどういったもの?」
それじゃあと祖母は話し始めた。
………………………………………………
祖母が産まれる前、両親は四国に旅をした。
何日目かの夜に泊まった宿の向かいの部屋がどたばたと騒がしい。
部屋からはうなり声がする。
走り回る中居さんにいったいどうしたのかと訊いた。
「三日前からお泊まりの身重のおかみさんが産気づいたので産婆を連れて来たのですがひどい難産で…このままではおかみさんも子どもも危ないからと医者を呼びに行こうとしていたところです」
仲居さんは叫ぶようにそう言うと走って行ってしまった。
これは大変だと顔を見合わせた時、隣りの部屋の襖が開き色の白い痩せた男が出て来た。
男は向いの部屋をちらりと見、階下に降りて行く。
なにかありそうだと思った父は後を着いて行った。
男は宿の主人にぼそぼそと話すと懐から何かを取り出して渡した。
主人は階段を駆け上がって行った。
男はゆっくりと自分の部屋に帰って行った。
祖母の両親もとりあえず部屋に戻ろうとしたその瞬間、「おぎゃあ」と声がした。
「ご心配おかけしましたが無事に産まれました!妻も大丈夫です」
中から飛び出して来た旦那が宿中に告げてまわった。
開け放った部屋にはにっこり微笑むおかみさんと生まれたての赤ちゃんが並んで横になっているのが見えた。
翌朝、隣りの男が発とうとするところに旦那がやってきて何度も頭を下げ何かを手渡し、また頭を下げた。
男は軽く頭を下げると宿を出た。
気になった父は後を追った。
「夕べあんたが宿の主人に渡したもんは何かね?あの旦那はなんであんなに頭を下げとったんかね?気になって気になって追いかけて来たんじゃ」
追いつくなりこう言った父に男は懐から何かを取り出した。
それは汚れた糸でよく見るとたくさんの結び目があった。
「これを渡した。えらい難産のようだったんで身重の奥さんに持たせてくれとな。無事産まれたんで旦那は返しに来たんじゃ」
「これは?」
「お恥ずかしい話じゃが…儂は先月まで三年間監獄に入っとってな。そこで一日に一つ糸に結び目を作って出所までの期間を数えとったのよ」
「それが何故お産のお守りに?」
「ははは。三年間も毎日『出たい出たい』と思い続けた念が籠っとるからな。効果覿面(てきめん)じゃったな」
「そうか。そりゃええことしたのう」
「そうじゃ、あんたの嫁さんのお守りにこれをやろう。お産も軽うすむぞ」
「ありがたい!大事にするぞ…しかし、あんたみたいな人がなんで監獄に?」
「儂が知り合いの店で飲んでいたとき、女給にひどい難癖をつける男がいてな。最初は我慢していたんじゃがあんまり人を馬鹿にしたことばかり言うので手を出してしもうた。相手は華族の一人息子でな…監獄行きじゃ」
「なんとまあ…これからどうするんじゃ?」
「家に帰るよ。捕まったとき女房は身重でな。運が良ければ産まれた子と一緒に待っていてくれるじゃろ…」
「きっと待っていてくれるさ!」
「おう、ありがとな」
大きく手を振りながら男は去って行った。
………………………………………………
「この話と一緒に私のお母さんから受け継いで、それをあなたのお母さんに渡したの。あなたが産まれるときに。すごい安産だったのはそれのおかげかな」
「母さんはへその緒と一緒に大事に持っていてくれたんだね」
「まさか残っているなんて私も思わなかったよ」
そう言いながら祖母は木箱を大事そうに箪笥に戻した。
チョコ太郎より
いつもお読みいただき、ありがとうございます。皆さんの感想やコメントにとても励まされています!「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」といったご希望や、ひと言でも良いのでお聞かせいただけると連載の参考になりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。