續・祖母が語った不思議な話:その玖拾壱(91)「母さんの…」

 明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は母から聞いた話です。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

 小学3年生の秋…だったと思う。母と二人で小倉まで出かけた。
 行きは時間の関係から国鉄(現JR)を使ったが、戻りは「街の風景を見ながら帰ろう」と母は路面電車を選んだ。
 夕陽に真っ赤に染まった街や工場を見ながら、夢の中を走っているみたいだなと思っていると母がつぶやいた。

 「昔、これと同じ風景を見たことがあるよ。ちょっと不思議な話だけど…聞く?」
 「もち!」
 母は笑いながら頷くと話し始めた。

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【母の話】
 私が東京のドレメ(ドレスメーカー女学院)に入学した春…十八歳だったかな…下宿していた上野から学校のある品川まで山手線で通っていたの。
 田舎から上京したばかりで、列車の窓からいろんな街を見るのが楽しくて行き帰りともずっと車窓を眺めていたんだけど、ある日妙なことに気が付いたのよ。
 あるアパートの横を通過するとき一番上の階のベランダに女性が立っている。朝も夜も、雨の日も風の日も、いつも。
 不思議に思ったので学校で友達に話したらみんな面白がってね。見に行くことになったの。
 やっぱり女性は立っていた。

 「あそこ! あそこ!」電車内できゃいきゃい騒いでいる友人たちにそのアパートを指差して教えたんだけど、「え? どこどこ」「誰もいないよ?」「四月馬鹿はこの前終わったばかりじゃん!」とみんな笑うばかり。
 「じゃあ、また!」と友人たちは電車から一人降り二人降りし私が一人になったとき、後から肩をぽんぽんと叩かれた。
 クラスメイトでいつもは物静かな早田さんだった。

 「…私も毎日見てる」
 「ホント? ああ、良かった。私、ノイローゼなのかなって悩んじゃった」
 「実はずっと気になってて…ねえ、今度のお休みに行ってみない?」
 「わあ、探検隊みたい! 行こう行こう!」
 そして次の日曜日に私たちは出かけたの。

 最寄りの駅で降り、途中パフェのお店に寄り道しながらもお昼過ぎには例のアパートにたどり着いた。
 当時珍しい4階建てのアパートで、とりあえずあの部屋まで行ってみようと階段を登った。
 「山野」と名前の書かれた部屋の前に着くと早田さんは躊躇(ちゅうちょ)なく呼び鈴を押した。

 誰も出てこない。

 しばらく待っても反応がないので「帰ろうか?」と話しているところに四、五十代の女性が階段を上がって来た。

 ここまで来たら腹を決めるしかない!「実は…」とこれまでの経緯を話したの。
 静かに聞いていた女性は鍵を取り出し、部屋のドアを開け中に入るよう私たちを促した。

 「ここには娘が住んでいたのですが…一年前に急逝しました。あなたたちが見たというベランダに立つ女性はきっと娘の…」
 「そうでしたか…娘さん、何か心残りがあるのではないですか?」早田さんがズバリ聞く。
 「ドレスメーカー女学院を卒業し、夢だった服飾の仕事に就けて張り切ってたところに心臓発作でしたから…無念だったとは思います」
 「…私たちは娘さんの後輩なんです。少し部屋の中を見せてもらっても?」
 「寂しくてそのままにしていますが、いずれ片付けなければいけない物です。どうぞ、ご覧ください」

 ペコリと頭を下げると早田さんは部屋を調べ始めた。
 私もペコリと頭を下げ、押し入れの中を捜索。大きめの紙包みがあったので引き出してみた。
 「母さんのワンピース」と書かれたメモが付いている。
 中には鮮やかな赤にヒマワリ柄の生地が入っていた。

 「心残りはきっとこれです! 娘さんに代わって服を縫わせてもらえませんか?」早田さんの申し出に山野さんは驚き、そして喜んだ。
 その場で採寸し、生地を持ち帰った私たちは二人で手分けして1週間で仮縫いまで、そしてその後1週間で完成させた。

 出来上がった服を届けると山野さんはさっそく着てみた。ぴったりだった。
 「ありがとうございます! きっと娘も喜んでいます」山野さんは目頭を押さえながら笑った。

 「わあ、街が赤〜い!」
 「ホントだ! まるであのワンピースみたいね」
 真っ赤に染まる街を眺めながら私たちは電車に揺られて帰ったの。今日みたいな夕焼けの中を。
 それからはあのベランダの女性を見ることはなくなったのよ。天国に行けたのかしら?

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 母が亡くなった後、遺品を整理していると若き日の母が2人の女性と並んでいる写真が出てきた。
 裏には早田さん、山野さんと名前が書いてある。
 真ん中に写る中年の女性は花柄のワンピースを着ている。
 この人が山野さんか…
 
 白黒写真だったが、鮮やかな赤と黄色いヒマワリが見えた。

目次

チョコ太郎より

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。第2シーズンも残り8話となりました。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけると連載の参考(とモチベーションアップ!)になりますので、ぜひ下記フォームにお寄せください。

※この記事内容は公開日時点での情報です。

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子ども文化や懐かしいものが大好き。いつも面白いものを探しています!

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