明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」終了時に多くの方からいただいた「続きが読みたい」の声にお応えした第2シリーズ。今回は祖母がおじいさんから聞いた侍・岩見と相棒の女郎蜘蛛の話です。
城から戻った岩見が門を潜る。
「ただいま戻った」
声をかけたが、返事がない。
迎えてくれたのは金木犀の香りだけ。
庭に蜘蛛はいないようだ。
ははあ中かと屋敷に上がったが姿はない。
見ると夕餉(ゆうげ)の支度がされており、その横に置かれた紙に「急用につきちょいと出てきます。夕食はお一人でたんと召しあがれ」とある。
急用とはなんだろう? と思いながらも夕食を始めた。
「栗飯か…うむ! あいつの作る料理は美味いな…だが褒めると調子に乗るから言わないほうがいいな。どれもう一杯」
その時、どこからともなく入ってきた水色の大きな蛾がぐるりと部屋を一回りし、そして出て行った。
美しい蛾もいたもんだと立ち上がって見送った岩見が座ろうとすると、いつの間にやら人間の姿の蜘蛛が座っていた。
「誰が調子に乗るんですか?」
「いや、なに…あ、そうだ! 急用って何だ?」
「…私の知り合いが大火傷しましてね、お見舞いに行って来たんですよ」
「大火傷! それで容態は?」
「三途の川を渡りかけてましたが…なんとか」
「そうか、それは良かった。で、その知り合いとは…」
「人間じゃありませんよ。たぬきですよ、た・ぬ・き」
「そのたぬきがどうして大火傷を? まさかカチカ…」
「馬鹿なこと言ってないで、夕食を片付けちまってくださいよ」
「うむ」
急いで残りをかきこんだ岩見に茶を淹れながら蜘蛛が聞く。
「お味はいかがでした?」
「食べられないことはない…かな」
「まあ憎らしい!」
「で、話の続きを」
「はいはい。そのたぬきってのがひとつ向こうの山に住んでる娘なんですがね。生まれてすぐにおっかさんを蟹の化(あやかし)に殺され自分も死にかけていたところを村の和尚さんに助けられたんです。傷が治ると山に放されましたが、時々村に降りて来て子どもたちともよく遊んでました」
「村の人たちと仲良くしておったのだな」
「はい。そんなこんなで数年経った先日、事件が起こりました。例の和尚さんが夜、急な法事で出かけることになり川横の道を歩いていると蚊帳(かや)が上から被さってきたんです。なんだこれは? と和尚さんがめくって進もうとしたんですが、めくってもめくっても蚊帳の中」
「奇っ怪な! 化物の仕業か?」
「どうにも困った和尚さんが持っていた提灯の火を近づけると蚊帳は一気に燃え上がり、消えてしまいました。そしてそこに、あのたぬきが大火傷を負って倒れていたんです。放っておくわけにもいかず和尚さんがたぬきを抱いて村へ戻ろうとしたとき、川から『惜しや惜しや』という声が」
「どういうことだ?」
「蟹化けが和尚さんを狙っていたんですよ。それに気付いたたぬきが和尚さんを止めようと術を使ったんです。おかげで和尚さんは助かりましたがたぬきは大火傷」
「そうだったのか…」
「親から術を習えなかったから蚊帳を吊るのが精一杯…怖かったろうに恩人を助けようと命を張ったんですよ。幸い村人たちに手厚く看病されてましたからすぐ良くなるでしょう。それにしても許せないのは蟹の野郎! 魚も獲れなくなって村の人たちも困ってましたよ」
「ふ〜む。して、お主はこの件をどうやって知ったのかな?」
「岩見様もご覧になった大きな蛾、あれが教えてくれたんです。ついでに行きも帰りも乗せてもらったんで、らくちんらくちん」
「そうであったか…よし! 出かけよう」
「出かけるって、どこへ?」
「蟹退治。留守居するか?」
「もちろんご一緒しますよ。たぬきの仇討ちだ!」
茶を飲み干すと二人は出かけた。
二日後の夜、傷だらけの岩見と蜘蛛が村を訪れ、たぬきを見舞った。
「あんたの仇は私たちが仕留めたから安心おし。さあ今夜はみんなで蟹鍋だ!」
喜ぶ一堂を見渡しながら蜘蛛は会心の笑みを浮かべた。
その笑顔を見ながら岩見も満足そうに笑った。
和尚さんに頭を撫でられながらたぬきも笑った。
チョコ太郎より
いつもお読みいただき、ありがとうございます。「續・祖母が語った不思議な話」も早いもので残すところあと3話となりました。今回はご希望の多かった「岩見と蜘蛛」のお話です。ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をお聞かせいただけるとラストスパートのモチベーションアップになりますので、ぜひぜひ下記フォームにお寄せください。