動物が幸せになる動物園を作る。大牟田市動物園がつなぐ“動物福祉“の可能性

あなたは最近、いつ動物園に行きましたか? もし次に訪れた時は、お気に入りの動物だけではなく、その周辺にも注目してみましょう。ぶら下がって遊ぶ遊具や餌を探して食べる給餌器があったり、隠れるための場所が作られていたり…。よく見ると、動物の個性ごとにさまざまな仕組みが用意されているはずです。

こうした取り組みは、動物がのびのびと快適に暮らせる環境を整える「動物福祉」の観点によるもの。 「動物にとって幸せな人生」というテーマに向き合うことは、私たちの生命や地球について考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。

今回は、「動物福祉を伝える動物園」として、さまざまなアイデアを発信し続けている大牟田市動物園へ。こちらでは、80周年を記念したドキュメンタリーフィルムの製作も進められているそうですよ。

動物福祉に取り組む大牟田市動物園についてライターの大内 理加さんがお届けします。

目次

“動物福祉“ってどんなこと?

「動物福祉を伝える」というコンセプトを掲げている大牟田市動物園ですが、この取り組みが始まったのは2006年。大牟田市直営から指定管理業者「西日本メンテナンス」の運営に変わったタイミングでした。それまでは閉園が検討されるほど深刻な経営難に陥っていたそうですが、ここから徐々に集客が回復。とはいっても、設備を一新するとか、珍しい種や人気が高い動物を呼んだわけではありません。動物が快適に暮らせる環境づくりを進めたのです。

正門の前にある看板。ゾウは家族で暮らす動物だが、園内の敷地面積では複数頭飼育できない。
そのため“飼わない”という選択をしたという。園の動物福祉の象徴的な存在(画像提供:大牟田市動物園)

実際に園内を巡ると、「動物福祉」自体の説明はどこにもありません。これは、実際に自分の目で見て感じて、一緒に考えてもらえたらという狙いがあるため。同じ展示場を見ても、人それぞれ異なる視点を抱くはず。その違いを知って、認め合うことも動物を学ぶ第一歩です。

展示場にはそれぞれ飼育員お手製の看板が掲げられ、生活の質の向上のための工夫がたくさん散りばめられています。その柱となっているのが「環境エンリッチメント」と「ハズバンダリートレーニング」です。

大牟田市動物園YouTubeチャンネル「どうぶつえん休園日記」より「ライオンの肉探し」。
飼育員がライオン舎のいたるところに肉を隠し、それをライオンが探して食べる。週末の人気イベントを休園中にも配信した

https://www.youtube.com/channel/UCg349ub4Qm_rrWBcKd6FY2g

「環境エンリッチメントメント」とは、動物たちが心身ともによりよく生活できるように環境を豊かにする(=エンリッチメント)ための工夫のことです。

園内では、さまざまな選択肢のある環境設定を行うことで行動の幅を広げる試みを進めています。例えば、ライオンにあげるお肉を展示場のあちこちに隠して、探しながら食べてもらう。モルモットのイベント広場には隠れられる場所を設置して、安心して過ごせる場所を提供するなど、飼育員の皆さんがそれぞれの動物と向き合い、さまざまな備品を手作りしているそうです。

ハズバンダリートレーニングの一例。キリンは自分から首を伸ばして採血に協力している。(画像提供:大牟田市動物園)

「ハズバンダリートレーニング」は、動物の心身の健康管理など飼育上必要な行動を動物たちに協力してもらいながら行うトレーニングのことです。体重測定や採血、爪切りや点眼などさまざまな内容がありますが、どれも動物の健康状態の維持や把握のためのものです。

動物たちに手順を覚えてもらうのではなく、「笛を吹いたらいいことがある」というルールを動物と人間双方が守ることでトレーニングを実施しています。

ハズバンダリートレーニングは、行動分析学を元にして行われているものであり、動物園はサイエンスを実施する場でもあります。大牟田市動物園では、トラやサバンナモンキー、エミューなどさまざまな動物において無麻酔採血が行われており、世界初、国内初のものも少なくありません。

来園できなくても楽しめる。動物について学べる動画やSNSコンテンツ戦略

休園時や来園できない時にも、動物園を楽しめる方法があります。それが、SNSやYouTubeチャンネル。企画しているのは、広報の冨澤奏子さんと飼育員の皆さんです。

動物園が撮影編集したものだけではなく、動物園の職員さんと一緒に動物を眺めるライブ配信から専門家を招いてお話を聞くライブ配信まで、その内容は多岐に渡っています。学びはもちろん、コロナ禍での癒しを与えてくれますよ。

よく見ると、大牟田市動物園にはいないはずの動物を扱ったコンテンツも用意されています。なんと、ゾウの番組もあるんです。

タイで暮らすゾウの姿を見せてくれる「ゾウのくらし」。
飼育員や研究者と視聴者をつないで質問に応えてもらうコーナーなど、子どもの好奇心を刺激する番組も数多く制作されている

冨澤さん:「こちらは、タイにすんでいるゾウがどんな風に過ごしているか見てみようという番組です。昔は切られた木々を運ぶという仕事をしていたゾウですが、森林伐採が行われなくなって仕事を失い、その結果違法にゾウが扱われたり、あまり良いとはいえない飼育環境に置かれていることがありました。そうしたゾウたちがレスキューされているゾウキャンプがあります。そこでくらすゾウたちの様子をライブ配信でお届けしています。」

つぶらな瞳とどっしりとした体型が魅力の対州馬に加え、対馬の自然も味わえる番組「対州馬とおさんぽ」。
対州馬は園内でも定期的にお散歩イベントを開催している

冨澤さん:「同じように、対馬にいる『対州馬』も現地から配信しています。対州馬は農耕で活躍していた在来馬で、大牟田市の炭鉱でも働いていた記録が残っています。こちらも時代の流れで需要が減って、数が激減しています。

園内にはいない動物でも、実際に現地で過ごしている姿を皆さんに見てもらって、種の存続につなげていければと思っています。テレビの大画面で見るとまるで現地を訪れているかのような気分になれるかもしれませんし、ステイホーム中も楽しんでいただきたいですね。」

ショート動画など、流行を意識した動画配信も。Instagramのストーリーには、
毎回1種類づつ動物が登場。ここから“推し”ができる人も多いとか

https://www.instagram.com/omutacityzoo/

「動物福祉を伝える動物園」としての記録を未来につなぐドキュメンタリー映画づくり

10月1日に80周年を迎える大牟田市動物園では、動物福祉を発信するための新たな動きがスタートしています。社会問題と向き合うクラウドファンディングサイト「GoodMorning」上で、2021年 6〜7月に展開されたドキュメンタリー映画制作のプロジェクトがそのはじまりでした。

動物福祉についてわかりやすく表現したクラウドファンディングサイトには
10日間で330万、期限内に550万強が集まった

長い歴史がある大牟田市動物園ですが、市が直接管理していた時代のデータはほとんど残っていないそう。そこで、「動物福祉を伝える動物園」としての記録を未来につなぐために、これから迎える80周年の1年間の取り組みを映像化する提案がされたのです。

冨澤さん:「クラウドファンディングは初めてで、右も左もわからないままとりあえず申請したんです。達成できなかったらどうしようと眠れないぐらい悩みました。クラウドファンディングの担当さんが本当に親身になってサポートしてくださったので目標達成できたようなものです。後で聞いたら、担当さんも動物好きの方でした(笑)。」

最終的に、目標額の168%もの支援が集まり、制作した映画を市内や近隣の小中学校へプレゼントすることまで叶ったそうです。

ちなみに、支援者の中には、大牟田市動物園を訪れたことがない方もかなりいらっしゃるとか。

冨澤さん:「コロナ前から、“遠方で行けないけど支援できませんか”という声がたくさん寄せられていて、Amazonの欲しいものリストなどを通してサポートを頂いていたんです。

コロナの影響でそういった要望がより高まったことも、今回の結果に繋がったのかなと思います。始めたのは私たち動物園ですが、それ以上にいろんな方がシェアをしてくださったり、支援をしてくださったりしました。

このような結果が得られたのはひとえにみなさんの応援のおかげです。本当に想像以上の結果で、大牟田市動物園が多くの方に支えられていることを改めて実感しました。この記事を見てくださった方にお礼の気持ちが届けば嬉しいです。」

■環境エンリッチメントを目的としたAmazonの欲しいものリスト
https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/3SD8UO38I5DJJ/ref=cm_sw_r_cp_ep_ws_g.YbCbGABSVE3

映画のクランクインは、10月1日から、ドキュメンタリー監督の小川光一さんによる製作がなされます。動物が大好きで園の取り組みを十分にご理解くださっている監督が、どのようなシーンを描くのか、動物園のみなさんも楽しみにしているそうです。

冨澤さん:「内容はこれからですが、この映画は商業映画ではなく、当園の取り組みを多くの方にご覧頂き、動物福祉へのご理解を深めて頂くことを目的とし、広報活動の一環として行うものです。

でも、このやり方が絶対正しいなどと押し付ける気はありません。動物福祉の対象は「個」であり、一頭一頭動物によって異なるものであり、“これが正解”というものはありません。

季節によって、年齢によって、一日の中でもさまざまな変化があります。環境も違いますし、人間の福祉と一緒で、同じ種類の動物だったとしても個体によって好みも行動も違うのでアプローチも変わる。

だからこそ、2021年の大牟田市動物園においてどのようなことが行われていたのかという記録は、当園の記録としてはもちろんのこと、日本の動物園における記録のひとつとしてももしかしたら100年後には重要なものになっているかもしれません。」

最後に、動物福祉を考える上で見てほしいポイントをもう一つ。実は、指定管理者制度が導入されてから動物の数を減らしているそうです。といっても、今いる動物を他の動物園に移動させるわけではありません。

動物が寿命を全うしたら、その動物の展示場と隣の展示場の壁を取っ払って、より広いスペースを使ってもらえるようにしているのだそうです。

さらに、高齢で高いところに登ることが難しくなった動物にはその動物が活動できる範囲において、さまざまな工夫をするなど、それぞれの動物にとってできる限りのことを行っています。動物が歳を重ねて老齢になっても、一生涯に渡って生活の質が向上し続けるような飼育を目指すのも動物福祉の一つの形。

ですから、次に動物園に行った時は、動物のおじいさん、おばあさんがのびのび暮らしている景色をぜひ見てみてください。そこにはきっと、私たちも目指すべき幸せの形があるのではないでしょうか。

文=大内理加

【大牟田市動物園】
1941年に延命公園の一角に開園。1992 年にリニューアルして敷地が2倍に拡大。2006年から「動物福祉を伝える動物園」として、園内の動物舎やイベントで、さまざまな活動を続けている。2019年には映画「いのちスケッチ」の舞台にもなった。2021年10月1日には、80周年を記念したイベントも予定されている。

■住所:福岡県大牟田市昭和町163番地
開演時間:9:30~17:00 ※入園は、閉園30分前まで
(12月~2月の冬季は9:30~16:30)

■休園日:第2・第4月曜日(祝日および振替休日の場合はその翌日)
※年末年始(12月29日~ 1月 1日)

■入園料(2021年9月まで):大人(高校生以上) 380円、高校生 220円、4歳〜小・中学生 80円、3歳以下 無料

■入園料(2021年10月より改定):大人(高校生以上) 500円、小人(小・中学生)100円、高校生は土日祝日 100円、未就学児 無料

https://omutacityzoo.org/

支援についてはこちら
https://omutacityzoo.org/support

※この記事内容は公開日時点での情報です。

著者情報

成長する地方都市 #福岡 のリアルな姿を届けます。福岡のまちやひと、ビジネス、経済に焦点をあて、多彩なライター陣が独自の視点で深掘り。 「フクリパ」は「FUKUOKA leap up」の略。 福岡で起こっている、現象を知り、未来を想像し、思いをめぐらせる。 飛躍するまちの姿を感じることができると思います。 https://fukuoka-leapup.jp

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