私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。今回は杣人さん4回目の登場です。
ある日、ふと思い立って祖母に聞いた。
「前に聞かせてくれた杣人(そまびと。きこり)さんの話、もうないの?」
「じゃあ、父さんから聞いた別の話をしてあげようかね」
そう言うと祖母は語りだした。
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山が錦をまとった秋も深いある日、祖母の父は山道を下りて来るTさんに出逢った。
Tさんは若い炭焼きで、ふた月くらい前に山中に造った小屋に籠ったはずだった。
見れば大荷物を背負い、顔色も悪い。
どうしたのかと尋ねると、ぼそぼそと話し始めた。
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今朝早く、小屋で炭を焼いていると杣人のNさんがやって来た。
顔なじみの二人はキセルをくゆらせながら近況を話した。
「山は不思議なことも多いが、大丈夫かい?」とNさんが聞くと
Tさんは笑いながら次のように話した。
ひと月ほど前、隣町で酒を飲んでいると、店の中は不思議な話で盛り上がっていた。
ひどく背の高い痩せた男が話の主のようで、Tさんは耳を傾けた。
「この前、山道を歩いてたんだ。気味の悪い夜でなあ。景気付けに木遣(や)りを歌いながら進んでいたら…合いの手が聞こえてきたんだよ、山の中から」
「どんな声だったんだ?」
「ハーイコレマッタヤットナー…妙に甲高い声だった」
「あの辺りは昔っから無縁仏や流行病で死んだ人たちを埋めた場所だからな。くわばらくわばら」
ここまで話すとTさんはまた笑い出した。
「ありゃ俺なんだよ。ここで寝てたら歌が聞こえてきたんで合いの手を入れたんだ。まさか怪談になっているとは思わなんだ」
「そうだったのか」
「ついこの前もな、あの男の歌が聞こえたんで合いの手入れたんだ」
ここまで聞いたNさんの顔色が変わった。
「そらいつの話か?」
「つい2、3日前じゃ」
「背の高い痩せた男ちゅうたの。その男、左目の上に傷がなかったか?」
「うん、あった。それが何じゃ?」
Nさんは語気を荒げ、こう言った。
「今すぐ山を下りろ! お前が合いの手を入れたのは死人(しびと)じゃ! わしゃその男の葬式を見たぞ」
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「それからしばらく、Tさんは山には入れなかったそうだよ。山の禁忌に触れたからね」
「きんき?」
「掟(おきて)…ルールだね。山は神聖で怖い場所だから、働く人は縁起をかついだもんだよ」
祖母は手を合わせながらそう言った。