私が小さい頃、明治生まれの祖母がちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。少しずつアップしていきます。
小学校に入って2年目の春、縁側に座り庭のしだれ梅を見ていると祖母がやってきて隣に座った。
「今が満開だね!」
「今年は特に綺麗…そういえば私のお父さんからこんな話を聞いたねぇ」
そう言うと祖母は話し始めた。
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ある年の春先、祖母の父は仕事で海に近い隣町に出かけた。
思ったよりも早く片付いたので、知人のRさんを訪ねたが不在だった。
近所の人に聞くと、梅を見に池の方に出かけたとのことだった。
場所を聞いた父は礼を言い、池に向かって歩き出した。
15分ほど歩くと池のほとりに見事なしだれ梅が見えてきた。
見頃とあって多くの人が見物に来ていたが、Rさんは少し離れた岩に腰掛けていたのですぐに分かった。
手を上げるとRさんも気が付き、手を振り返した。
近づいて行くと妙な事に気が付いた。
あんなに猫嫌いだったRさんが膝に白い猫をのせている!
「久しぶりじゃのう、女房の葬式以来か…」
「おう…それはそうと、こりゃどうしたんじゃ? お主は大変な猫嫌いじゃったろう?」
「ああ、こいつは命の恩人なんでな」
Rさんは猫の頭を撫でると、話し始めた。
「女房が死んだ次の月くらいから、こいつが家に来るようになっての。脅かしたり石を投げたりすると逃げるんじゃが、また次の日から毎日やって来る。そんなことが十日ばかり続いた夕方、仕事から帰ってみたらこいつが上がり込んでわしの夕めしを食っていたんじゃ。あんまり頭にきたんでずっと離れた岩屋まで連れて行ったのよ」
「岩屋ってあの岬にある廃寺の先の?」
「おう。持って行った魚をこいつが食っているうちにと走って逃げたんじゃ。あんまり走ったんで苦しくなっての、古寺まで戻ったところで縁に座って休んどったら、どうやってついて来たのか後ろからこいつが飛びかかってきたんじゃ。堪らず立ち上がって振り落とそうとした刹那、屋根がどうっ! と落ちてきてな…あのまま座っとったら死んどったわ」
そう言うとRさんは猫を下ろし、腰を上げた。
「そろそろ帰るか?」
「おう。わしはこのまま山を越えて帰る」
Rさんの問いにそう答えると父は暇(いとま)を告げ、歩き出した。
「わしらも帰ろうな、うめ」
「ミヤー」
背後でこんなやりとりが聞こえた。
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「その猫はなぜ『うめ』って名前になったの?」話し終えた祖母に聞いた。
「背中に梅の花びらみたいな模様があったんだって」
「へえ!」
「それともう一つ。亡くなった奥さんの名前も梅だったのさ」